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その日は早番、1人でお店を開ける日だった。
お店に着くと裏口に回り、鍵を開けセキュリティを解除してシャッターを開ける。PCの電源を入れて立ち上がるまでに掃除をし、金庫からレジ金を取り出して昨日の計算が間違っていないかをチェック。昨夜ルー君はしっかり精算後処理を出来たようだ。間違いなく合ってる。良かった。
それから各種チェックを行い、時間になると店内の電気と有線放送を付けてお店を開けた。
よし。
そう頷いてから、サッカー台の上で申し送りノートを見る。昨日の日付の部分には、新商品の納品とそれらのセールスポイントが店長の字で書かれている。そして、今日すべき事の指示を見る。納品3件。検品、客注品のチェックをしてお客様に連絡を・・・。
読んでいる途中で、誰かがお店に入って来た。
「いらっしゃいま・・・なんだ」
挨拶を途中までして顔を上げると、そこには宅配のお兄さんがいた。今日来る予定の荷物を届けに来てくれたのだろう。
「おはようございます。『なんだ』ってひどいな。正直こっちのセリフなんだけど。エリちゃんじゃないし」
そう言ってお兄さんは少し笑いながら肩を竦める。
「それは申し訳ありませんね」
そう言ったところで、私はお兄さんが手ぶらな事に気付いた。
「荷物じゃないの?」
「いや、荷物なんだけど、すごく重いからどうしようか相談しようと思って来た」
何だろう。私はノートを確認した。今日の納品は・・・レインコート?lady'sS〜LL各6、men'sS〜LL各6。重いって、これかな?
「見てもいい?」
私がそう言うと、お兄さんは「どうぞ」と言って一歩引いて体を横に傾け、腕を大通りに向けて伸ばし、まるでバーか何かで席を案内するウエイターのように止まっている配送トラックまでの道を示した。
「エスコート致しましょうか?」
とまで聞いてくる。少し笑ってしまった。
「何してるんだか」
私はそう言って先に進んだ。追いかけてくるお兄さん。
「ノリ悪いなぁ」
言いながら小走りに私を追い越してトラックの荷台を開ける。中には沢山の段ボールがキッチリと規則正しく、真ん中に通路を作って左右に上手に積み上げてあった。
「これなんだけどさ」
扉のすぐ側にある二つの段ボールを叩いて示した。台車を取り出してストッパーを掛け、その上にまず一つを乗せる。重い物を運び慣れているであろう筈のお兄さんでも大変そうに見えた。力が込められているのが腕や背中の筋肉の動きでよく分かる。それにしても凄い筋肉。さすが肉体労働。
私は、試しにその段ボールに手を掛けてみた。驚いた事にびくともしない。
「無理無理。アスカちゃん4〜5人分ありそうだよ?」
苦笑いと共にそう言われてしまった。
「そんな訳無いでしょ」
私は苦笑いを返しながら、ポケットからカッターを取り出してその場で開けてみる。すると、信じられない位にギッシリと詰め込まれたレインコートが見えた。一つ取り出すと、伸縮性のあるビニール素材のレインコートで、デザイン性が高くてとても素敵な型をしている。でも、重い。一つでこの重さと大きさならば、多分数量に間違いは無さそう。でも・・・。
検品、大変そうだなー・・・。
「合ってるなら運ぶけど、どこ置く?」
「取り敢えずレジ横で。重いのに悪いけど、二箱共お願い出来る?」
「お安い御用ですお嬢様」
そう言って紳士的なお辞儀をする。ウエイターじゃなくて執事カフェの真似だったみたいだ。クスリと私は笑ってしまった。
「何それ、執事カフェでしょ。副職の癖とか?」
「いやいや、ウチ掛け持ち禁止だから」
言いながらもう一箱を乗っける。
「流石に重くて危ないから、アスカちゃん前持って方向変わらないようにコントロールして」
「了解」
そして、2人で店内に運んだのだけれども、やっぱり重くて台車がいう事を聞いてくれない。あっちに曲がりこっちに曲がり、紆余曲折しながらかなりの時間を掛けて運んだ。レジ前に着いた時には感動した程だ。
私が息を切らせながら立っている横で、最後の力仕事、台車から下ろす作業をお兄さんがやってくれて、見事完了!
「よし、終了!」
そう言って両手をハイタッチの形に差し出すお兄さん。
「やったー、ありがとうございます!」
私もそう言って両手を構えて、お兄さんの両手に合わせようとした。しかし、合わさる瞬間にお兄さんが手を引っ込めてしまう。ある筈の支えが消えて体勢を崩す私の体。
「えっ!ぅわー!」
そのままの勢いで、お兄さんの大きな体に胸から倒れ込んでしまった。途端に背中に回るお兄さんの筋肉質な腕、私をぎゅっと抱き締めた。
「思ったよりデカイな。Dか」
Dって・・・。
「ちょっと!何を・・・」
「はいセクハラー」
抗議しようとした私の声を、横から誰かの声が遮った。
見ると、ルー君が立っていて、呆れたようにこの状況を見ている。
「ルー君・・・?」
ルー君は閉めの時間担当だから、17時頃からの勤務の筈。開店して間もない今の時間に来る必要は無いのに。
「店長からさっき電話で頼まれたんですよ。重い荷物が届くから早めに出てくれって」
ルー君は、そう説明しながら私とお兄さんを引き離す。そして私を背後に庇い、お兄さんの肩を強く押して言った。
「やめてもらえませんか?アスカさんにちょっかい出すの」
そう言う背中が怒って見える。
「ちょっとからかっただけだろ?ガキの癖に説教のマネ事なんかすんなよ」
言い返すお兄さん。そしてそのまま睨み合う2人。
ルー君、こんなに喧嘩っ早い性格だったっけ?
驚きながらちょっと固まってしまうものの、すぐに今は営業中だという事を思い出す。お店の中で喧嘩は困ります。
私はヒートアップしつつある2人を落ち着かせるべく、慌てて受け取り伝票にサインして間に割り込み、お兄さんに渡した。
「はい、伝票です。重たいのにありがとうございました」
私はそう言ってお兄さんに膨れた顔を見せて「もうこんな事しないで下さいね」と呟いてから、振り返ってルー君を見る。怖い顔してる。
「ルー君、私大丈夫だから、落ち着いて」
ルー君は表情を変えないままお兄さんを睨み続ける。
「また、お願いします。ありがとうございました」
伝票を受け取ったお兄さんは、チッと舌打ちをしてから棒読みの様にそう言ってルー君を睨みながら帰って行った。
「ルー君、ありがとう。でも、喧嘩しないでね」
トラックが動き出してもまだ睨んでいるルー君に、私はそう言った。
その後ルー君は、トラックが完全に見えなくなるとようやく視線を私に向けて、溜息を吐いた。
「アスカさんは隙が有り過ぎですよ。そんな服着て」
そう言って私の胸元を指差す。
今日着ているのは普通のカットソーだ。ベージュのラメのVネック。そこまで露出している事もないと思うのだけど・・・。
「上から覗けるんですよ、谷間が。しかも体にフィットして胸が強調され過ぎ」
「や、やだ。見ないでよ。そんな風に」
「男ならみんなそういう目で見ますよ。普通です。普通」
ルー君が面倒臭そうに気怠くTシャツの上に羽織っていたシャツを脱いで私の肩に掛けた。
「それ着て前留めて下さいね。安売りしちゃダメですよ。全く」
ぷりぷりしながらレインコートの入った段ボールを持ち上げようとして挫折し、その場で開けて検品を始めた。
何故?何でルー君が怒っているのだろう・・・。
疑問に思いながらも、私は言われた通りにボタンを一番上まで留めて、検品作業を手伝ったのだった。