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「何で後ろ向きなの?」


 狭いベッドで一緒に寝る雨君は、やっぱり私に背中を向ける。


「うるせー」


 雨君は小さくそう言って掛け布団を引き寄せた。私がはみ出る。私はズレた布団に潜り込みつつ雨君にピッタリくっ付いた。


「離れてクダサイ」


「・・・寒いから無理。布団から出ちゃう」


「・・・ウソだ」


「ウソじゃないもん。こっち向いてみたら?」


 諦めたように雨君はこっちを向いてくれた。そして、掛け布団から出ている私の肩を見て、布団を掛けてくれる。そのまま私の肩を抱いてくれた。


 嬉しい・・・。


 私は腕を伸ばして雨君の首にしがみ付いた。伸び始めた髭が当たって少し痛い。でも、顔が見える。困った表情をしている。


「・・・する?」


「しない」


 私が聞くと、食い気味でそう返事をした。


「でも・・・」


 布団の中に視線を動かす。


「生理現象だ。気にするな」


 そう言って雨君は目を瞑った。


「寝れるの?」


「知らん」


「・・・」


 雨君の為にいつも我慢してるんだろうな。と思った。


 『中の雨』君は、本当に雨君一筋でブレない。その気持ちの強さに私は憧れる。私には無い強さ。


 私はすぐ誘惑に負けちゃうからなぁ。


「暫くしたら司に戻るから待ってろ」


 目を閉じたまま雨君がそう言った。


「分かるの?」


「・・・君が側にいるのを司も分かってるみたいだ。変わろうという意志を感じる」


「・・・ふうん」


 私はそう言って、腕を首に絡めたまま目を閉じた。視界が暗くなると、耳から入る音と肌に感じる感覚がより鮮明になる。雨君の呼吸の音と、心臓の脈打つ動き、肌の温度をより強く感じる。暖かい・・・。


 雨君に包まれたまま、私は暫くそのまま微睡んでいた。



 私を包む雨君の腕が動いた。少しずつ力が込められて私を抱き締める。耳元で雨君の深呼吸をする息遣いが聞こえた。


 私は、微睡みを通り越して浅く眠っていたようだ。目を閉じたまま、手のひらで雨君の頬を撫でて髭のチクチクを感じた。毛並みに添い、毛並みに逆らいと繰り返す。


「・・・アスカちゃん・・・」


 雨君が私の名前を呼んだ。いつもの雨君だ。


 頑張って目を開けると、私の目を覗き込む雨君がいた。


 その向こう側の壁掛時計は、2時半を指している。真夜中だ。


「アスカちゃん」


 雨君がもう一度私の名を呼ぶ。


 嬉しいな・・・。


 私は笑った。


「雨君」


 そう呟いた私の唇を、雨君が塞いだ。優しく触れる。


「眠い?」


 おでこを合わせて雨君が聞いてきた。


「うん。寝てた」


 私はそう答えた。夢なのか、現実なのか判断しきれない。でも雨君がいる。雨君の腕の中で、とても暖かくて安心する。私、幸せだ。


「そっか。でも、ゴメン」


 雨君はそう言って、もう一度唇を重ねる。唇が首筋に移動して、雨君の指が私のパジャマを脱がせ始めた。


 夢か現実か分からない中で、私は雨君とセックスした。そして、夜明けを迎えて、それが現実だったのだな、と思った。



「理由は分からない。でも、なんか分かったんだ」


 朝、幸せな気分で2人で起きた後、2人でシャワーを浴びて、朝ご飯を食べながら話していると、雨君がそう話し始めた。


「何が?」


「『中の雨』とアスカちゃんが、一緒に寝てるって」


 今迄は全く記憶に残らなかった『中の雨』君の時の記憶が、残っているのだという事だろうか。


「アスカちゃんと一緒に、アスカちゃんのベッドに入ってくっ付いてるなーって。それで、俺の事呼んでた」


「呼んでた?」


「うん。司早く来いって」


 言いながらロールパンを齧った。カップに紅茶を注いであげると、ありがとうと言って一口飲む。熱そうに顔を顰めた。


「それで?」


 先を催促する私に答える前に、一度齧って歯型の付いたロールパンを一気に口の中に詰め込んでしまう。モゴモゴと喋っているものの、何を言っているのか分からない。


 もう。


 私はそんな雨君を見ながら冷凍庫から氷を2〜3個取り出して雨君の紅茶に入れる。スプーンでかき混ぜて熱々の紅茶を冷ますと、待ってましたと雨君がその冷めた紅茶でパンを流し込んだ。


「喋れない程口に入れちゃダメ」


「あはは、ゴメン。まあ、それでアスカちゃんに逢いたいって思ってたら、入れ替わった」


 半分くらいになった紅茶を眺めながら、不思議そうにカップを回して更に紅茶を冷ましていく雨君。


「ふうん。そんな事初めてだよね?」


「うん。そうだね、初めて。何だかフェアになって来た感じ」


「フェア?」


「平等。俺と『中の雨』が。だってさ、不公平だと思ってたんだ。俺は『中の雨』が出てる間の事何も知らないのに、『中の雨』には俺のやってる事や考えてる事、全部筒抜けなんだよ?」


 雨君はそう言ってカップを置き、フォークを持ってサラダのレタスを何枚かまとめて刺し、トマトも刺し、最後にキュウリで留めて一気に口に入れる。トマトの種やらドレッシングやらが口の端から少しずつ染み出して来てしまう。


 もう。だから、ゆっくり食べようよ・・・。


 そう思いながら私は、ティッシュで雨君の口元を拭った。


「でもさ、『中の雨』君は、雨君の為に出て来てくれてるんだよね?それを不公平だなんて」


 自分の代わりに嫌な事を背負ってもらっているのに。私はそう思って言ったのだが、雨君にはそうは伝わらなかったようだ。


「アスカちゃんは『中の雨』の肩持つの?」


 そんな風に言われてしまう。


「そんな事ないよ。ただ・・・」


「ただ?」


 私の言葉を待ちながら、面白くなさそうな顔をする雨君。


 これは一種のやきもちなのだろうか。でも、誰の、何に対するやきもちなの・・・?


「『中の雨』君は、ある意味でズルいね」


 私は、何となくモヤモヤとしながらそう答えた。

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