4
「アスカさんの彼氏ですか?」
バイト君に聞かれた。雨君はフィッティングルーム横の椅子に座って待っていてくれている。
「うん。そんなところ」
「そんなところ?微妙なんですか?」
「微妙では無いんだけどね・・・」
中身だけ別人格なんです。とは言い辛くて、なんとなく目を逸らして濁してしまった。
バイト君は18歳の男の子。中卒のネカフェ難民で、街中を彷徨っている所を店長に保護?スカウト?されて、働き始めて3ヶ月になる。名前は秘密、と教えてくれない。耳に大量のリング状のピアスを付けているので、ルーズリーフのルー君と呼ばれている。中性的な顔立ちで、「貧乏であまり食べてないから痩せてるんです」と本人が言うように確かにスラッとしていて、見た事は無いけど多分脱いだらガリガリなんだろうなー、と予想。
彼は手癖が悪い。よくレジのお金を盗むのだ。店長は、別に注意しなくて良いよ、と言うのだが、どうにも放っておけない。みんなが頑張ってお店を運営して得た売上を、黙って持って行かれるなんて我慢がならない、と思うのは当たり前だと思う。私だけでも見付けたらキチンと注意してあげたいと思うのは、おかしな事では無いはず。
そんな訳あって、今もルー君のレジ上げの作業を見守りつつ、すぐ横で無駄に書類の整理とかしている。の、だが・・・。
なのに、なのに、だ。
ルー君は私が真横にいるにも関わらず、数えたお札を何枚か抜き取ってポケットに突っ込もうとした・・・。
コラコラ・・・
私はルー君の手の甲をペシッと叩いた。
「悪い子」
見つかろうが見つかるまいが関係無いとでも言うかのように自然にお金を抜き取るその様子に、私は呆れながら注意した。
「アハ、見つかった」
ルー君は、反省した様子も無くお札を元に戻す。
「アスカさんだけには見つかっちゃうな」
そう言って何だか楽しそうに笑うルー君。
他の人にも見つかってますよ。ただ、見て見ぬ振りをしてくれているだけなんだよ。
私は、そう思ったけども、言わなかった。
私がガッツリと見張りの目を光らせている前で、ルー君は全ての現金をバッグに入れてしっかりと施錠した。それを見届け、ようやく私は肩の力を抜く事ができた。
「嬉しいもんですね」
用の無くなった書類をしまっていた私にルー君は言った。
「こんな俺でも、見守ってくれる人がいるってのは」
そう言ってまた楽しそうに笑う。
・・・見守っているのは、ルー君じゃ無くてお金なんだけどなぁ。
「終わったか?」
横から声が降ってくる。いつの間にか雨君が側に来ていて声を掛けてきた。見上げると、雨君は私じゃなくてルー君を見ている。見ている、と言うか睨んでいる。
ルー君が面食らったように固まった。
「終わり、マシタ」
小さな声で答えるルー君。それを聞いて、雨君は私の手首を掴んだ。ルー君を睨んだままで。
「なら帰るぞ。具合悪いの無理して出てるんだから、早く帰って休まないとな」
そう言って私を見ないままで引っ張る。痛い。
「雨君、私大丈夫だよ?それにまだルー君慣れてないから一緒にお店閉めてあげなきゃ」
雨君の顔が怖い。朝私が整えた眉と髪が格好良くて、いつもより2割り増し位で怖い。
「あっと、俺大丈夫ですよ。1人で閉められますから。アスカさん上がって下さい」
引き攣った顔でそう言うルー君。
「だってよ。ほら、行くぞ」
ルー君のその言葉を聞いて、雨君は更に私を引っ張った。
「分かったから。待って、荷物」
私は雨君の手を解いて控室に急いで荷物を取りに行った。
中の雨君、時々急に機嫌悪くなるからなぁ。会社で何かあったのかな。八つ当たり?そもそも何で入れ替わっちゃってるんだろう。雨でも無いのに・・・。
考えながら荷物を持って売場に戻ると、驚いた事に雨君がルー君の胸倉を掴んでいた。
「わー、ちょっとちょっと何?どうしたの?」
私は、慌てて2人の間に入り、雨君の手をルー君から離して距離を取らせた。2人は睨み合っている。お互いむごで睨み合ったままで、どうしたのか教えてくれそうにも無い。
「アスカ帰るぞ」
雨君はそう言って、私の肩を抱いて出口へと向かった。
「へ?う、うん・・・」
私はこうなった理由を聞き出すのを諦めて、ぎこちなく頷いた。そしてルー君を振り返る。
「ルー君、お先に・・・」
ずっと雨君を睨んでいたルー君は、私の声に視線を移してニッコリ笑った。
「お疲れ様です、アスカさん。また明日!」
雨君を見るのとは打って変わったご機嫌な明るい声で私を送り出してくれた。可愛く手を振りながら。
私も、返すように手を振った。すると、雨君にグッと強く肩を抱かれて引っ張られる。転びそうになって、雨君に抱き着いて堪えた。
「ちょっと、危ないよ」
訴えた私を無視。私の荷物を奪うようにして持ってくれる。そして無言のまま、早足で店を出た。
「ねえ、ねえったら。どうしたの?何で怒ってるの?」
引き摺られる様に暫く歩いてから、私はそう聞いた。
すると、雨君は立ち止まって私を振り返る。
「君ね、分かって無いみたいだから言うけど、狙われてんだよ。あのガキに」
「・・・はい?」
雨君の言葉に、私は頭の上にはてなマークが浮かび上がった。
「何で分かんねーのかが分かんねーよ。バカなの?鈍いんだよ。隙有り過ぎ」
そう言って、スタスタと私の家に向かって歩き出す雨君。私は慌てて追い掛けながら言った。
「何言ってるの?そんな訳無いよ。だって、ルー君は私に雨君って彼氏が居るの知ってるんだよ?」
「人のモノだろうが気にしねー奴も居んだよ。人のモノの方が欲しくなるっつー面倒くせー奴もな。どっちかっつーとソレだな、アレは。面倒くせー顔してたわ」
早足の雨君に置いて行かれそうになる。私は小走りに雨君に駆け寄って袖を引っ張った。
「ちょっとスーパー」
言ってプイッと方向転換してスーパーに入る。雨君も舌打ちしながら着いて来てくれた。私はカゴを取りながら雨君に言う。
「そもそもルー君は18だよ?私の方が4つも年上なのに」
冷蔵庫の中にある野菜を思い浮かべながらメニューを考える。考えながらカゴに玉葱を放り込んだ。
「そんな童顔のクセによく言うな。全然守備範囲だろうよ」
「もう、さっきから酷い事しか言ってないって自覚してる?」
通路をどんどん進みながら、豚肉とロールパン、牛乳とプレーンヨーグルトをカゴに入れる。
「口が悪いのは最初からだ。文句言うな」
最後に冷えた缶ビールを2本取ってレジに向かい、支払いを済ませた。
「酷い口ですね」
そう言いながらカゴを台に置いて、着いて来た雨君の持っている私の荷物からエコバッグを取り出し、会計の終わった商品を詰め込んでいく。イライラしてるから動作が荒っぽくなってしまうのは仕方がない。
「とにかく、あのガキと2人きりになるな」
雨君はそう言い捨てて、荷物の詰まったエコバッグを持って私より先に早足でスーパーを出て行ってしまう。
ムカッとしながら、私は後に付いて小走りで家に向かって進んだ。