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「今、ルー君に告られたんだけど」


 エリが話し始める前に、私はそう切り出した。エリの話を早く聞きたいという思いもあったけれども、今の私の心の状態で、エリの話を普通に聞くことは不可能だと思ったから。だから先に言わせてもらった。


 それを聞いたエリは、口に含んだ久保田を吹き出しそうになった。寸前で堪えて顔を逸らして、湯呑みを持つ手と反対側の手を私にかざす。


「待って待って、私三日くらい前にルー君に告られたんだけど」


 エリのその言葉に、今度は私が吹き出しそうになる。と言うかビックリして湯呑みが揺れて中身が少し溢れてしまった。


「マジか」


「マジよ」


「何か必死だね、ルー君」


 言って2人で見つめ合って固まる。一瞬の間を置いて2人同時に吹き出してしまった。


 


「この間、2人で潰れちゃった時さ、お互い持って帰られたじゃない?あの時、大丈夫だった?」


 エリが私にそう聞いてきた。


 やっぱりそこの話だよね?


 私はエリの事が気になったけども、とりあえず自分の事を簡単に話した。


「2人で家に来て、まさにって時に雨君来たの」


「ブッ!マジか。予想以上の展開だった」


 エリはまたしても日本酒を吹き出しそうになりながら先を促す。


「で、雨君ブチギレて相手の男ボコって外に捨てた」


「うわー、まぁそうなるよね。殺さないだけ良かった感じだ」


「で、ちょっと怒られたけど、何とかなった」


「・・・は?何で?」


 エリには雨君の事を伝えてある。でも、上手く伝わらなくて単に裏表のある二重人格なだけだと思っているみたい。


 まぁそうだよね。実際に一緒に過ごしてみないとナカナカ理解出来ないだろうと思う。


「騙されて無理矢理襲われたって言った。実際薬を盛られていたみたいだし」


「アスカは可愛い顔してウソ上手いよね。でも盛られてた事は間違いない」


 エリは酒豪。今も缶ビールのロング缶を3本空けて、その上で日本酒を水の様に飲み続けている。饒舌にはなるが、ほぼ変わらないし、翌日にも残らないといつも自慢している。ただし、一定量を超えると急に寝てしまうのだが。


「で、エリはどうだったの?」


 私は焼き上がった車海老を勧めながら聞いた。


「私はねー・・・」




 ふわふわとした酔いとはまた別に、眩暈を感じる。脱水による頭痛吐気ではなくて、定まらない視界による気分の悪さ。


 ああ、何か薬を入れられたな・・・。


 私は、さっき会ったばかりの知らない男に抱えられながらそう思った。


 男はトシと名乗り(どうせ偽名)酔った私をタクシーで私の家まで送ると、家に上がり込んで私をベッドに横たえた。


「大丈夫?お水持って来ようか。キッチン借りるね」


 優しい声でそう言って、水を取りにキッチンへ向かう。脱いで床に置かれた彼の上着のポケットからはチラリと避妊具が覗いている。


 ・・・そういう事だよね。


 私は、定まらない視界の中で、何とか自分のバッグを探し当てる。中からスマホを取り出して連絡先を探り、通話を押す。


 お願い、出て・・・。


 何度目かのコールの後、彼の声が聞こえた。


「・・・エリちゃん?どうかしたの?」


 ああ、この声を聞いただけで幸せ。地獄から天国に引っ張り上げられたみたい。


「もしもし、エリちゃん?」


 何も言わない私を心配して、彼の声色が少し緊張する。


「・・・店長、私、失敗しちゃって・・・」


「え?エリちゃん大丈夫?」


 彼の声がますます尖る。


「アスカと飲んでてナンパされて、気付いたら、何だか分からなくなって・・・」


 段々と呂律が回らなくなって来る。スマホを持っているのも辛い・・・。


「エリちゃん今どこ?」


 早口で彼が聞いた。


「・・・家・・・私の・・・」


「すぐ行く!」


 突如終わる通話。私はスマホを落としてしまった。画面を下に床に落ちるスマホ。ラグの上だったから音は立たなかった。


 少しして、トシが水を持ってやって来た。私を抱き起こしてコップを口元に当てる。


「飲める?ああ、気持ち悪かった?涙出ちゃってるね」


 私に一口水を飲ませると、ティッシュで私の涙を拭ってくれた。目を開けるとトシの顔がすぐ側にある。


「こんな時に悪いかも知れないけど、潤んだ目が凄く色っぽいね・・・。店で見かけた時からずっと、君の事可愛いと思ってたんだ。ねえ、キスしてもいい?」


 私は首を力無く左右に振る。嫌よ。絶対に嫌。


「ああ、良いね・・・誘ってる?俺そういうの大好きなんだ。本当に、何もかも好みだよ」


 そう言って、トシは軽く私の唇に自分の唇を重ねた。一度離して、私の顔を見る。体に力が入らなくて抵抗出来ない。悔しくて涙が溢れてくる。


「素敵だよ、最高だ。大丈夫だよ。一晩中介抱してあげるから」


 私の涙に舌を這わせながら、トシはそう言って私を抱き締めた。うっとりとした表情で何度も唇を重ねてくる。


「・・・やめて・・・」


 やっと出た声は小さくて、トシのリップ音で掻き消されてしまう。力一杯胸を押し返しても、まるで効果は無かった。


 トシは抱き締めた腕を解いて、私をベッドに倒す。そして自分の服を脱いだ。キッチンから差し込む光の中でトシの裸の上半身が見える。


 そして、私にのし掛かって何度も唇を重ねて、首元に舌を這わせて背中に手を回し、服の上からブラのホックを外された。


 もう、ダメだ・・・。


 そう思った時、突如ドアが強くノックされた。


「エリちゃん!大丈夫?」


 彼の声が響く。


 ・・・来てくれた・・・。


「チッ、誰だよこんな時に」


 トシは、放っておこうとしたのだろうが、ノックが余りにも激しく鳴り続き、且つどんどん大きくなって行く事に諦めたのだろう。服を着てドアを開けた。


「エリちゃん・・・」


 彼は、トシを押し退けて私を見付けてくれた。駆け寄って私を抱き起こしてくれる。


「大丈夫?」


「店長・・・」


 嬉しい。私、店長の腕の中にいる・・・。


「飲み過ぎて危なかったんで、送ってあげたんですよ」


 トシがそう言う。そして、床に落ちていた上着を持ち上げると、ポケットの中身が零れ落ちた。避妊具と、錠剤のシートが一枚。端の2粒が潰れて中身がなくなっているのが見えた。店長の目がソレを捕える。


「・・・君、エリに何したの?」


 店長の低い声が響いた。トシは落とした物を慌てて拾ってポケットの中に突っ込む。


「えっ・・・、何もして無いですよ。これは、たまたま持ってただけで、俺は何も・・・」


「出て行けよ・・・」


 トシの声を遮るようにして店長が言った。同時にトシの肩を出口に向かって押す。


「・・・」


 何も言えないトシ。店長はもう一度無言で肩を押した。


 トシは顔を歪めて舌打ちを一つ残して、諦めたのか大人しく出て行った。


 溜息を吐いて、店長は私の元へ来てくれる。そして、指で涙を拭ってくれた。


「もう大丈夫だよ。怖かったね」


 店長の優しい声。ああ、好き・・・。


 助けて貰った感謝とか、トシが消えた安堵感よりも、好きという気持ちが膨らんでしまって、他に何も考えられなくなってしまった。


 私は、少しだけ動かせる手で店長の手を握った。店長の手は暖かくて、大きくて、少しゴツゴツしていて、でも手入れが行き届いているからすべすべして気持ちよかった。


 私はその手をそのまま頬に当てた。


 それだけで心が落ち着く。幸せに包まれる。


「店長・・・」


「なに?」


「私、店長の事、好きです・・・」


 思っている事がそのまま口から出た。


 この人だけは、私を見てくれる。何のフィルターも通さずに、そのままの私を見て、正しく評価してくれる。


 叶わない思いだと言う事は分かっている。だから今迄言わずに心に留めていた。薬の所為だろうか。好きという想い以外が消えてしまっていた。立場とか関係性とか、生きて行く上で絡み付いてくる面倒臭い物が全部見えなくなっていた。


 ただ、目の前にいるこの人が好きで、大好きで、今この時目の前にいてくれる事が嬉しくて、幸せで、この時が永遠に続けば良いのに、なんてドラマや映画の中のヒロインが口にする馬鹿げたセリフまわしが浮かんできたりして、もう、今以外がどうなっても良いという気分になってしまった。


「好きです」


 今度は笑顔で言った。気持ちが顔にそのまま出た。でも涙も出て来た。多分脳内が混乱しているのかも知れない。


「好きです」


 もう一度言った。何度言っても、言っても言っても足りない。好き以外何も無い。ただ店長がいて、店長を好きな私がいる。それだけ。


「好・・・」


 もう一度言おうとした私の口を、店長の唇が塞いだ。


 長い長い口付け。息が続かなくなる。このまま窒息して死んでも構わない。殺されても良い。それでも幸せ。こんな日が来るなんて。


 私、産まれてきて、良かった・・・。

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