表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/11

7話 獣人の姉妹に剥かれました

 

「トイレ………」



 世闇の中、肌寒さを感じて目を覚ました。

 昨夜、俺がお風呂に入ったあと、二人揃ってお風呂に入った姉さん達がやけに生地の薄いパジャマで出て来たところで、服を着ろと窓を全開にして外気を取り込んだために、未だ室内の気温が低いのかもしれない。



「ふぅ」



 用を済ませ、手を洗い、寒い寒いと呟きながらベッドに戻る。

 昨日感じた気温は夏前の春といった暖かいものだったが、地上から離れた時計塔のこの場所では、薄着で過ごすにはいささか肌寒い。

 さっさとベッドに戻ってもう一睡しよう。


 そう思いベッドのシーツを捲って、そこで気付いた。



「姉さん?」



 昨日は誰がどこで寝るのか揉めた挙句、結局姉さんを俺とレイ・メイさんで挟んで川の字で眠ることになったはずだ。

 だと言うのに、ベッドには姉さんどころかレイ・メイさんの姿もない。



「出かけた?」



 この時計塔の中層階は元々大きなワンフロアしかなく、レイ・メイさんが用意してくれた風呂やトイレの境目は木製のパーテーションがあるのみだ。

 隠れられる場所など、そうあるわけではない。



「出かけるなら、俺に一声かけるよね?」



 そう思いたいのだが、こんな真夜中に二人揃って行方不明なのだ。

 俺にだけ出かけることすら伝えていないとなると、隠し事があるのは間違いあるまい。



「いや、あんまり遠出じゃないのかも」



 自分で言っていて可能性は低いとは思うが、ちょっと夜風を浴びに行っただけの可能性も残っている。

 となればその行先は……。



「上か」



 ここは時計塔の中階層だが、ここの一番上には展望台があると聞いている。

 階段で登って行くのは少し大変だが、夜間の短時間の外出先程としては最有力候補だろう。


 そう思い、階段へ続く扉を開けようとドアノブに力を入れたのだが、回りはするものの押し開ける事ができない。

 当然引いても押してもダメだった。

 まさかと思い窓の方へ向かってみると、案の定カーテンの先にあった窓は枠に固定されていてピクリとも動かなかった。



「何で………」



 そんな空虚な呟きは、一人きりの部屋に溶けるように消えていった。



 ◇◆◇



 結果的に言えば、俺は時計塔の中階層から出る事が出来た。

 一体いつから扉が開くようになっていたのかは分からないが、朝方になる頃にもう一度扉が開かないか試したら、驚くほど簡単に開いたのである。



「朝になったら開く仕組みとか?」



 昨夜は何度も扉を開けようと試してもビクともしなかっただけに、こうもすんなりと開いては拍子抜けしてしまう。

 ただ、姉さんにこの国はヤベー国だと聞いていたし、今のところこの世界では遭遇した相手はルインズスケルトンやレイ・メイさんなど、一人として俺が敵う相手はいなかった。

 このまま街へ出て良いものか、判断に悩む。



「………流石に、探しに行くか」



 結局、俺は街へ姉さん達を探しに行くことに決めた。

 時計塔の中階層には、姉さん達が用意してくれた魔道具があるために水やお湯には困らないが、食糧はほとんど残っていない。

 昨晩、姉さん達が夕飯に食べていたチーズとクラッカーはあったが、それだけだった。


 空腹になって自由に動けなくなってから探しに行くよりかは、元気なうちに動くべきだろう。

 ただ、展望台は昼間の今は他に人がいるかもしれないし、一晩中そこに止まるとは思えないために、今すぐに確認するのはやめておいた。


 恐る恐る長い階段を降りて、昨日入って来た通用口からこっそりと外を覗く。


 街は馬車のみならず、自動車のようなものも行き交う騒々しい場所だった。

 地下遺跡があるし中世的な世界観かと思っていたのだが、ガラスや街灯もあるようだし、近世どころか近代ぐらいの技術レベルはある気がする。

 むしろ理術と呼ばれる便利な技術がある分、一面においては現代よりも発展している領域もあるのかもしれない。



「親子で買い物っぽいことをしている人もいるし、大丈夫だよな?」



 姉さんにヤベー国とは聞いているが、今のところは街に不審な点は見受けられない。

 恐怖耐性をとっておいたおかげでもあり、緊張こそあれど俺は街の散策を開始することが出来た。


 何も知らない場所で一人きり。

 小説なんかで読んだ異世界転移ではこれがオーソドックスな展開だったが、こうして街に出ても何をすれば良いのか見当も付かない。

 一先ず、情報が集まりそうな場所に行きたいが、一文無しの俺には酒場に入ることも出来ないし……。



 そんなことを考えながらあまり目立たないように人気のない場所をウロウロしていたら、ちょうど通り過ぎようとしていた建物から、獣人の女性が二人揃って出て来た。

 二人とも揃って綺麗な金色の髪の女性だが、片方はかなり背が高くガタイも良く、もう片方は小柄で華奢な印象を受ける。



「ん? 見ない顔だな」

「服装から察するに、序列上位の家の方でしょうか」

「さて…。そこの少年。名は何という?」



 思いっきり話しかけられてしまった。

 どうする? こういう時は偽名の方が良いのか?



「えっと、ペリーです」

「ペリー? 珍しい名だな」

「おそらく偽名でしょう。少年、名を明かせない理由があるのですか?」



 咄嗟に出て来たのが最近日本史で登場した黒船乗りの名前だったせいで、無茶苦茶に怪しまれている。

 だっていきなり話しかけられるとは思わないじゃんかよ。



「その……」

「こら、ユリア。年上を相手にそう横柄にするものではないぞ」

「年上ですか? てっきり私よりも2つ3つは下かと…」

「少年、君はいくつだ?」

「最近15歳になりました」

「同い年とは…」

「俺、そんなに幼く見えますか?」



 15歳で2つか3つ下って、下手したら小学生に食い込む年齢だぞ。

 身長だって俺と大して変わらな……いや、頭に猫みたいな耳が載っている分あっちの方が大きいのか?



「いいや。君は年相応だろうよ。獣人は他の種族に比べて肉体的な成長が早いから、勘違いしたのだろう」

「いいえお姉様。締まりのない幼稚な顔をしているために、年下だと判断しました。というか、最近誕生日を迎えたのであれば、私の方が先に誕生日を迎えているはずですし、私の方が年上と言っても過言ではありません」

「すまない少年。見ての通りユリアは思春期真っ盛りの多感な時期なんだ。多めに見てやってくれると助かる」

「お姉様!? け、決してそういう訳では……」

「………」

「何ですかその顔は! 良いから早く管理証を出しなさい!! 本名を検めます!!」

「管理証?」

「管理証ですよ管理証! これです!」



 ユリアと呼ばれる金髪猫耳少女がズカズカと目の前まで歩いて来て、左腕の袖をめくって手首に描かれた正方形がいくつか重なったようなタトゥーを見せてきた。

 これが管理証?



「えっと……おしゃれなタトゥーですね?」

「は? 何を言って……」

「待てユリア。すまない少年」



 いつの間にかすぐそばに立っていたお姉さんのほうが俺の左腕を掴み、袖を捲り上げる。

 思わず身構えようとしたが、圧倒的な膂力の差に抵抗らしい抵抗は出来なかった。



「まさか……」

「そのまさかだろう」

「な、何事ですか?」

「少年。済まないが共に来てもらおうか」

「俺、人探し中なんですけど……」

「黙りなさい。この場で首が飛んでもよろしいのですか?」



 ユリアが腰の後ろに提げていた短剣を俺に向けながら、視線を鋭くさせる。

 こうなってはもう、俺には大人しく従う以外の選択肢はなかった。



 ◇◆◇



 金髪の猫耳姉妹に連れて来られたのは、薄暗く広い倉庫のような場所だった。

 すぐそこに剣の詰め込まれた木箱が並んでいるし、武器庫のようなものなのかもしれない。



「さて、まずは服を脱いでくれ」

「は、はい?」

「良いから脱ぎなさい。死にたいのですか?」

「…………全部ですか?」

「当然でしょう。早くしなさい!」

「…………」



 何が悲しくて猫耳姉妹の前でストリップショーを始めないといけないのだろうか。

 ただ、さっきから抵抗しようとすればユリアが短剣で突いてくるせいで、身体のあちこちに小さい切り傷がつけられている。

 まだちょっぴりお風呂が染みそうだなぐらいの傷だが、怒らせてパックリいかれるのは何としても避けたい。



「っ………」

「な、なんですか?」



 ユリアが生唾を飲んで俺をガン見している。

 そんなハァハァ言いながら見られると、恥ずかしいんですけど?



「はぁ………ユリア。私が確認するから、むこうを向いていなさい」

「しかしお姉様……」

「ユリア」

「………分かりました」



 姉に言われれば大人しく従うのか、ユリアが短剣を引いて数歩下がって後ろを向いた。

 代わりに姉の方が俺に近付いてくる。

 こっちは大人な対応で、必要以上に俺の裸を凝視しようとはしないようだ。



「悪いな。だが、これは裁官(ユーデックス)を街に入れないために必要なことなんだ」

裁官(ユーデックス)……」



 確か姉さんが言っていた壁の外にいるという敵のことだったはずだ。

 裁官(ユーデックス)って、人型だったのか?



「ふむ。上半身は問題ないな。すまないが、下も脱いでくれ」

「下着もですか?」

「念の為な」

「……………」



 その後は非常に屈辱的な展開だったとだけ、ここに記録しておこう。

 下着は脱がなくて済んだが、直々に中を覗かれたのは恥ずかしかったです。



「悪かった。裁官(ユーデックス)ではなかったのだな」

「それは何よりです。で、もう行っても良いですか?」

「いいや。悪いがより一層逃すわけにはいかなくなった」



 ようやく衣服を纏い終わったばかりだと言うのに、まだ許してもらえないのか。

 おそらく管理証とやらがこの国の国民であることを示すものなのだろうが、それがないだけでこんな扱いを受けるのか?

 流石はヤベー国である。



「俺をどうするつもりですか?」

「このまま監獄結界へ移送する」

「罪状は?」

「皇帝陛下の居城における破壊活動への関与だ」



 まったく見に覚えがない。

 身に覚えがないが、このタイミングで皇帝の城が襲撃を受けていたとなると…。



「それってまさか……」

「そこまでです剣士オリビア。彼は特殊資料編纂室の扱いとなっております。いかに序列4位の貴女でも、彼に手出しすることは看過できません」



 俺が再度拘束されそうになったところを助けてくれたのはレイ・メイさんだった。

 突如として音もなく現れた彼女は、俺と獣人の姉──オリビアの間に入り、続きを受け持ってくれる。



「ヴィクトリアか……まさか貴様が出てくるとはな」

「ヴィクトリア……それに特殊資料編纂室? それって帝国の暗部を受け持つっていう……」

「初めましてユリア・オブラント様。帝国議会執行部傘下、特殊資料編纂室が室長のヴィクトリアと申します。以後、お見知り置きを」

「帝国議会傘下? そんなまさか…」

「待てヴィクトリア。ユリアを巻き込むな」

「おや? 私はただご挨拶をと思っただけなのですが…」

「私たちはこの件から手を引き、早急に忘れる。それで良いだろう?」

「左様でございますか。では、そのように致しましょう」

「ああ………行くぞユリア」

「え? は、はい………」



 そうしてオリビアとユリアは獣人姉妹は俺を置いて倉庫から去って行った。

 なんかレイ・メイさんが現れた途端、オリビアの顔が物凄く厳しくなっていたけど、レイ・メイさんってそんなおっかない人なのか?



「ご無事でしたか?」

「は、はい……ありがとうございました」

「いいえ。お怪我は……失礼致します」



 レイ・メイさんが俺に向けて翳した右手から、柔らかい光が出てきて俺を包み込んだ。

 これは……回復魔術的なものか?

 ユリアに作られた傷がスッと消えている。



「ありがとうございます」

「いいえ。仕える物として当然のことをしたまでです」



 あ、初めてレイ・メイさんが笑うところを見たかもしれない。

 昨日は笑っているところを見ていなし基本的に無表情だったが、こんな感じで微笑むのか。

 凄く綺麗……じゃなくて。



「姉さんはどこにいるんですか?」

「なるほど。それでこの様な場所にいらっしゃったのですね」

「はい。姉さんとレイ・メイさんを探しに塔を出たら、あの二人に捕まって…」

「無理もありません。この街は現在、緊張状態にありますから」

「それはどういう……」

「第28代皇帝セルゲイ・ロイ・グラムヘルツⅡ世がイチカ様の手によって崩御なさいました」

「……………はい?」



 姉さん……。

 異世界に来て初日で皇帝殺しとか、何がどうなったらそんなことになるんだよ………。


お読みくださりありがとうございます。


「面白かった」「続きが気になる」などと思っていただけたら、

ブックマークと☆☆☆☆☆から評価をお願いします。


執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ