6話 美しさとは技能である
この世界に来てからおよそ5時間が経った。
初めこそ地下迷宮の真っ只中でルインズスケルトンがノックも無しに部屋凸して来る危険な状況だったが、今はあまり人が寄りつかない時計塔の中階層にいるのだ。
そろそろ腰を据えて、この世界での目標を立てても良いかもしれない。
「うん。強くなるとは言え、何か目標は欲しいし……」
再度自分のステータスを確認してみる。
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ノア・フカミ
人間 16歳 M
⬛︎LP 13/21
⬛︎OP -/-
■STR7
■DEX8
■VIT6
■INT14
■MND9
■PIE-
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うん。
いかにも初期ステータスだ。
今のところはINTが最も高くはなっているが、それもどんぐりの背比べといった程度でしかない。
「いや、まだ理力がどうなっているのかは分からないし、実は無限の理力がある可能性も…」
「乃亜……期待しているところに水を差すのは忍びないのだけれど、今の乃亜には理力がないわよ?」
「………………なにゆえ?」
「スキルツリーで魔術を一つ習得してみるべきだとは思うけれど、乃亜には理力がちっとも感じられないもの」
「り……理力を感じるって、そんなスピリチュアルなこと言われてもなぁ」
「ただいま戻りました」
「あぁ、おかえりなさい」
「お、おかえりなさい……」
腕立て伏せをしながら、姉さんと雑談をしていたらレイ・メイさんが帰って来た。
床で両手をついて汗だくになっている俺を、やたら大きな胸越しに無感情なレイ・メイさんの瞳が見下ろしている。
…なんか恥ずかしい。
「ねぇ、レイ・メイ。貴女は乃亜に理力があると思う?」
「いいえ。全く感じられません」
「即答………」
「普通はどんな生物でも多かれ少なかれ理力を生み出すものなのだけれど、乃亜はどう見ても皆無なのよね。本当に不思議だわ」
「これっぽっちも嬉しくない」
「まぁ、理力を伸ばすスキルもあるし、後に期待ね。それよりもレイ・メイ。買い物は終わった?」
「大きな物は私の私物もありますが、生活に必要な物は一通りお持ちしました」
「OK〜。じゃあ、乃亜はそのままそこに転がっていてちょうだい。私とレイ・メイでちゃちゃっと模様替えを済ませちゃうわね」
「俺も手伝うよ」
「アイテムボックスが無いと、家具を運ぶのも一苦労でしょう? 筋トレは休むことも重要らしいわよ?」
要は俺では戦力外ということか。
理力も筋力も能力も雑魚い俺は、床の染みにでもなっていよう。
「さて、まずは大きい物から置きましょうか」
「それですと、この辺りでしょうか」
「ん? このベッドは?」
「私が使っていた物でございます」
「え!? あのいつ寝ているのか分からないレイ・メイのベッド!? な、なんかめっちゃ良い匂いがするわ」
「汚い身体でベッドに入ろうとしないでください。穢らわしい」
「だ、大丈夫。VRGよりもリアルになったレイ・メイのかほりをクンカクンカするだけですから……あいったっ!?」
「森精族様。こちらはどこに設置いたしますか?」
「え? あぁ、あっちの隅で良いんじゃない? それよりも、私はイチカで良いわよ。イチカ・アイン・セフィリテス。これが私の名前だから」
「承知しました。へんた……いえ、イチカ様」
「今のわざとよね? イチカと変態って間違う要素ないわよね!?」
何か滅茶苦茶楽しそうなことを頭上でドタバタやっているが、今の俺は染みなのだ。
なんか、地下迷宮を出てからこうして床に伏せていることが多い気がする。
匍匐前進のスキルでもないもんかね……。
とか考えながらスキルツリーのウインドウを表示してみたら、あった。
いや、匍匐前進のスキルではないのだが……。
「技練値が増えてる!」
「え? あぁ、初めて迷宮を攻略したからじゃないかしら。20ぐらいもらえた?」
「うん。ちょうど20」
「魔術の習得っていくつ使うんだったかしら」
異世界魔術の基礎といえばファイアーボールだろう。
火属性魔術の項目をタップしてみる。
【技練値が5不足しています】
ポップアップで技練値の不足を通知されてしまった。
「25ポイントで取れるみたい」
「そう。それなら…あ、テーブルを置くからちょっとそこを退いてちょうだい」
「あ、はい。すみません」
俺は床の染みなのだ。
家具様のお邪魔になるわけにはいかない。
それよりもスキルスキル……。
ざっと見た感じ、【強力】とか【俊足】とかは普通に便利そうだが、ちょっと力持ちになったり、足が速くなった程度で、姉さんやレイ・メイさんのように動ける気はしないし、これを取るぐらいなら技練値を魔術が取得できるまでプールしておいた方がいい気がする。
「となると……れ、レイ・メイさん?」
部屋の隅でスキルツリーのウインドウをぽちぽちしていたら、すぐ側でレイ・メイさんが俺を見つめていた。
あ、立派な角はお仕舞いになられたのですね。
相変わらずお顔がよろしくてございます。
「先ほどから虚空を見つめていらっしゃいますが、何をご覧になられているのですか?」
「え? あぁ、えっと……」
「スキルツリーよ。乃亜には経験に応じて獲得した力を使って。新しい技能を習得する力があるの」
「それは……これまで造詣のない技能をも瞬時に習得出来るということでしょうか」
「そんなところね。そうだわ。折角だし、レイ・メイに相談してみたら?」
「良いの?」
スキルツリーは言ってしまえば俺の切り札だ。
レイ・メイさんがいくら姉さんの知っている相手とは言え、それをペラペラ話して良いものかとも思うのだが…。
「言ったでしょう? レイ・メイへの報酬は全て私が払うわ。私たちに敵対しないだけで、世界最強の戦力がセットで付いて来るんだもの。いくら乃亜が優秀でも、レイ・メイもいきなり二人きりのランデブーを始めたりはしないはずよ」
「もちろんでございます。私はご主人様へ忠誠を誓った身ですので」
「ご主人様って……俺はそんな大層なものじゃ」
「では、坊ちゃんとお呼びいたします」
「呼び方の問題では………いえ、良いです」
今までこんな美人に見つめられることも無かったから、目を合わせていることが出来ない。
【美人耐性】のスキルは………あるわけないか。
「坊ちゃん?」
「あぁ、はい。スキルツリーですね。えっと、今は25ポイントありまして、魔術とか聖法術とか、力持ちになったり足が速くなったりするものとか色々あるんですけど、何を習得したら良いと思いますか?」
「その足が早くなるスキルとは、理術によるものではなく肉体そのものが強化されるのですか?」
「そうなの?」
「さぁ? ただ、理力を消費するものでもないし、足に筋肉がつくか、フォームが良くなったりするんじゃないかしら?」
「なるほど………他にはどのような物がございますか?」
「えっと、【聴覚強化】とか、後は【剣術】に……【美麗】…美人になるスキルとかもありますね」
「では、まずはその【美麗】を習得するべきかと思います」
「………そうなんですか?」
俺としては【剣術】とか、割といつでも使えて無難に便利そうな物が良いかと思ったんだけど、レイ・メイさんは考えが違うらしい。
俺、姉さんとそこそこ似ているから【美麗】が必要なほど不細工では無いと思いますよ?
え? 大丈夫だよね?
「坊ちゃんのスキルツリーという特殊な能力は、経験を数値化したものを対価に、技能という情報を脳に直接書き込むことや、肉体を瞬時に変異させることが可能である。この認識に相違ありませんか?」
「はい。だいたいそんな感じだと思います」
「では、坊ちゃんがこれまでに習得したスキルはございますか?」
「【恐怖耐性】だけですね」
「恐怖とは、生物が己の身が危機に瀕した時に作動する一種のアラートです。恐怖の他にも驚きなど自己防衛のためのアラートはありますが、坊ちゃんのスキルツリーは生物が本来失うべきではない生命としてのバランスを損なう可能性がございます」
「それで【美麗】ですか?」
「はい。それであれば予想される肉体や精神への影響は軽微なものですし、スキルツリーの効果検証には最適かと愚行いたします」
「なるほど……」
「良いんじゃないかしら? 【美麗】は技練値の消費も少ないわよね?」
「うん。15だって」
【恐怖耐性】を習得する時には気付かなかったが、長押ししたりすれば、簡単なスキルの説明や習得に必要な技練値の確認もできるのか。
ちなみに【美麗】の説明は、『美しくなる。交渉などが円滑に進みやすくなる』とシンプルなものだった。
「それじゃあ習得してみてちょうだい」
「じゃあ……」
技練値を15ポイント消費して、【美麗】を習得した。
自分としては何の変化も感じないが、どんなものなんだろうか?
「鏡とかある?」
「…………え? あ、何かしら?」
「いや、だから鏡とかある?」
「か、鏡ね! ちょっと待ってちょうだい……」
「…………そんなに見た目が変わったんですか?」
「肌艶が良くなり骨格の歪みが解消されています。加えて表情筋にもいくらか変化があるようです」
先程にもましてレイ・メイさんが俺の顔をジッと見つめている。
あ、指先で触ったりもするんですね。
恥ずかしゅうございます。
「………つまり、効果はあったんですか?」
「僅かに魅力が増したかと」
「僅か!? これが僅か!? クールぶってるんじゃないわよ! こんなの、国を滅ぼすレベルよ!? 乃亜を巡って戦争が起きてもおかしくないわ!」
「どっち?」
「乃亜。残念だけれど、貴方には今日から仮面を付けて過ごしてもらうわ。乃亜は誰とも喋っちゃダメだし、顔を見せるなんて言語道断よ」
姉さんが俺の両肩に手を置いて、真剣な顔でアホなことを言い出した。
「声も変わったんですか?」
「いえ。声に変化は無いかと思いますが…」
「何で姉さんだけおかしく……いや、姉さんがおかしいのは前からか。放っておきましょう」
「こ、こら! お姉ちゃんの言うことを無視するんじゃありません!」
姉さん…何で微妙に嬉しそうなんだよ。
つっこまないぞ。
「そういえばレイ・メイさん。今回の実験で何か分かったことはありますか?」
「そうですね。美醜の概念は地域や文化によって異なりますが、肌艶の改善や骨格の均整は多くの生物に共通している美的概念かと思います。つまり、坊ちゃんのスキルツリーは生物としてのシステムに基づき、その一端を強化改善するものなのではないでしょうか?」
「それって良いことなんですか?」
「良し悪しの判断は難しいですが、【美麗】の習得により全くの別人の顔になるなど予想不可能なものでは無いと判断できるかと」
「そうですか。ありがとうございます」
「いいえ。礼など不要でございます」
うんうん。
姉さんの話では何か隠している事があるという話だったが、レイ・メイさんはこうして少し話しただけでもかなり頼りになることが分かった。
今後は頼りすぎには注意しつつも、レイ・メイさんの意見を聞いていくとしよう。
「わ、私の推しが推しと絡んでる~~」
だってアレに相談するよりは、マシだろうからな。
◇◆◇
乃亜が5割り増しでイケメンになるというご褒美イベントを終えてからおよそ1時間後。
無事に模様替えも済んだあたりですっかり日も暮れてしまったこともあり、今日はここらで夕飯を食べてゆっくり休もうということになった。
私の体は世界トップクラスに頑丈な事もあり未だ元気ではあるのだが、乃亜の笑顔には少し疲れが見えた。
極力乃亜にはこの世界で苦労を感じて欲しくないし、幸せになってほしい。
というわけで、お風呂である。
綺麗好きな乃亜には、これが一番効くはずだ。
「ありがとうレイ・メイ。おかげで乃亜もリラックス出来るはずよ」
「いえ。しかしアレほどの大金をかけてまで、この時計塔に入浴設備を用意する必要があったのですか?」
「単純に防衛上の都合よ。ここなら出入りの方法も限られるし、狙撃の心配も少ないもの。バスタブやシャワーを買っておけば、どこでもお風呂に入れるでしょう?」
「どこでも……ですか?」
「ええ。明日、もしくは明後日にはこの国を発つわよ」
この国は危険だ。
戦闘力としては上手くやれば私一人でもどうにかなるのだが、国民を徹底管理し資源やシステムの一部として扱うこの国では、外様の私や乃亜は見つかれば追われ続けることになるし、いつまでも乃亜をこの時計塔に閉じ込めておくわけにもいかない。
「もちろんレイ・メイの都合も分かっているわ。だから、今晩の間に決着を付けましょう」
「イチカ様はどこまでをご存知なのですか?」
「全てと言いたいところだけれど、残念ながら一部だけよ。私が知っているのは、この国の中枢にある裁官の研究施設を、貴女が調べようとしていることだけ」
「それではこの国の秘匿施設のセキュリティが極めて複雑なことはご存知でしょう? 既にこの国に私が潜入して15年以上経つのですよ?」
「それは機密庫へのルートが分からないからでしょう? 私が知っているのは何年か後の地形だけれど、そう大きくは変わらないはずよ」
「一つでも失敗すれば、特殊資料編纂室室長の立場を失うことになります。僅かなリスクでも避けるべきかと」
「貴女の目的が何かは知らないけれど、この国に居続けることと私の協力。どっち方が得るものが多いのかしら?ちなみに私は乃亜に危害が降り掛からないという条件の元なら、貴女が何をしようが目を瞑るし、ある程度は非人道的な行いにも協力するわよ?」
「…………分かりました。決行は今晩ですか?」
「ええ。夕食後、乃亜が寝たら魔術で眠りを深くして出るわよ。ここには結界を張って行くし、おそらく問題ないはずよ」
「承知しました。では、その通りに」
乃亜に隠し事をしたまま動くというのは気が引けるが、私が知るこの国は碌なものではないし、胸糞が悪いことが日常的に起こるこの街には、私も長居したくない。
隣のリア・アガスティアに着いたらネタバラシでもして、たっぷりとお叱りを受けるから、許してちょうだいね。
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