5話 滅びた世界
銀髪メイドさんを抱えた姉さんに続いてやって来たのは、大きな時計塔の中層階だった。
姉さんが言うにはこの時計塔の登り降りは理術による昇降機がメインらしく、階段でのみ辿り着けるこの中層階には滅多に人が立ち寄らないらしい。
「ふぅ。胸が大きいと肩が凝るっているのは本当だったのね」
「胸が大きい人を運ぶと肩が凝るって話では無いと思うけどね。絶対」
メイドさんを覗き込む。
確かに大きい。
雑に床に寝かされているというのに、豊かなお胸が存在を主張していらっしゃる。
「さて、寝たふりは良いから起きてちょうだい」
「…………気付いていましたか」
銀髪メイドさんがそう言って体を起こす。
その途中、一瞬だけ俺を睨んだのは気絶しているのを良いことに胸を凝視しようとしていたせいだろう。
スンマセン。
「まずはレイ・メイ。今は復興歴何年かしら?」
「…本日は復興歴64年、双児の月14日です」
「復興歴?」
「復興歴とは、多くの国で使われている暦のことよ。復世歴とか、新生歴とか呼ばれることもあるわね。双児の月は日本で言うと、夏前の春みたいな感じかしら」
「なるほど……」
双児と言うと12星座だったか?
この世界から地球と同様の星座が見られるのかは分からないが、もしかすると12の月で1つの年とするところは共通しているのかもしれない。
時間がある時にでも、姉さんに聞いてみるか。
「もう一つ質問よ。レイ・メイ。貴女は今も十三騎士の一人としての誇りを抱いているのかしら?」
「何故それを…」
銀髪のメイド──レイ・メイさんが目を見開き、驚愕を露わにする。
十三騎士……どっかの国の騎士だったのか?
メイドではなく?
「答えるのが先よ。貴女はヴィカリウス魔皇国の唯一の生き残りで間違いないわね?」
「………………はい」
力の差は門外漢の俺にも歴然だった。
圧倒的な力を持つ姉さんには、騎士であるというレイ・メイさんでも敵わない。
見るからに目的があるのであろう彼女は、歯噛みするように首肯して見せた。
「なるほどね………。乃亜、彼女は私が出会う3年前のレイ・メイよ」
「それってつまり、ここは姉さんから見て過去の世界ってこと?」
「ええ。私がレイ・メイと出会って2年は経っていたから、合わせておよそ5年前の世界ね」
「それは、時を超える術があるということですか?」
「未現術式よ。私も気付いたらこの国の地下遺跡にいたし、貴女の期待に応えられる情報はないわ」
「…………」
レイ・メイさんは何も言わない。
銀色の髪で顔を隠すように数秒ほど俯き、その後綺麗な所作でゆっくりと立ち上がって顔を上げた。
「貴女の知る私は、貴女とどのような関係だったのですか?」
「ただの協力関係よ。私が世界を回るのに貴女が同行し、それぞれ望むものを得ていたわ。貴女の事情を少しだけ知っているのも、貴女が望むものを得るのを間近で見ていたからというわけね」
「では、貴女の望みとはなんですか?」
「………乃亜を守ることよ」
「……その人間を?」
レイ・メイさんの鋭い視線が、話の流れがイマイチ掴めずにボンヤリしていた俺に突き刺さる。
レイ・メイさんの中で今の俺は、寝ている婦女子を視姦していたただの弱そうな人間だ。
怪訝そうな視線をひしひしと感じますね。
「詳しくは語らないけれど、乃亜は私の家族にして恩人にして絶対の敬服の相手よ。乃亜のためなら、【禁息域】深部を超えることすら容易いわ」
「………そうですか。では、私の忠誠を一時貴方に捧げましょう。我が剣を貴方がために」
「え? 俺?」
レイ・メイさんが俺の前で跪いて、自分の首に剣を向けている。
ど、どうしろと?
「良かったわね乃亜。レイ・メイ達、悪魔族は魔族の古代種にして、契約を重んじる種族よ。こうして誓いを立てるということは、乃亜が主人となることを認めてくれたという何よりの証拠ね」
「なんで姉さんじゃなくて俺なの?」
「乃亜様がより上位の存在でありますので」
「じょうい……」
「要は私よりも乃亜が偉いからね。ほら、レイ・メイの手が疲れちゃうわよ?」
「疲れちゃうって、俺はどうすれば?」
「仕方ないわね。略式だけど、こうしてこう」
文字通り手取り足取り姉さんに動かされ、レイ・メイさんの肩を剣で軽く触れて、最後に横向きにレイ・メイさんに差し出す。
レイ・メイさんはそんな俺を冷静な瞳で見つめた後、その剣を両手で受け取って鞘に納めて立ち上がった。
「あ、そういえばレイ・メイは角のある種族なのよ。主人になったお祝いに見せてもらったら?」
「そんな不躾な…」
「構いませんよ。隠しているのは、潜入のためでしかありませんし」
「え? あ、そうなんですか?」
「せっかくだし近くで見せてもらいなさい」
「ちょっと姉さん…」
「レイ・メイ。ぞりゅっと行っちゃってちょうだい!」
「では……」
姉さんにグイグイと背中を押され、屈むレイ・メイさんの頭がすぐ目の前に迫る。
銀髪の髪は薄暗いこの部屋の中でも光を纏っているようだったし、なんかめっちゃ良い匂いがした。
「どう? 面白いでしょう?」
「え? あ、あぁ……うん」
綺麗なレイ・メイさんの顔に見惚れていたら、角が生えてくるのを見逃したなんて言えないよね。
気付けばレイ・メイさんの頭の上に角張った山羊の角みたいなものが、大きく黒光っていらっしゃいます。
「あぁ、そうそう。レイ・メイを雇う分の対価は私が払うからそこは安心して良いわよ? 乃亜は何の気負いも無く銀髪巨乳吊目悪魔メイドをゲットだぜ! って宣言したら良いわ」
「そんなポ○モンじゃ無いんだから…」
「でも、この世界の事情に詳しい現地人は必要でしょう? レイ・メイが嫌なら、近場だと飛竜翁っていう爪楊枝みたいなおじいちゃんになるけど、おじいちゃんのメイド姿見たい?」
「別にメイド服着せなきゃ良いじゃん」
「あぁ、なるほど。脱ぎなさいレイ・メイ。ご主人様が全裸をお望みよ」
「承知しました」
レイ・メイさんが丈の長いエプロンドレスに手を入れ、ガーターベルトを外し始める。
え!? マジで言ってます!?
ていうか、脱ぐのそこから!?
「……ま、待ってください。分かりました。主人になりますから、脱がなくて結構です」
「よろしいのですか?」
「そうよ? サキュバスの裸は見ておいて損はないわよ?」
「サキュ……いや、結構ですから。姉さんもレイ・メイさんをあまり虐めないように」
「はいはい。それじゃあレイ・メイ。お詫びにコレをあげるわ」
そう言って姉さんがアイテムボックスから取り出したのは、かなり古そうな金属製の懐中時計のようなものだった。
形的には懐中時計に似ているのだが、時計の針は無く代わりに赤い宝石が収まっている。
「コレは?」
「エコバッグよ。アイテムボックスと同じように、空間系の術式が組み込まれているわ。容量はこの国の汎用魔動車が3台入るぐらいね」
「なるほど。つまり物資の調達をお命じなのですね」
「ええ。しばらくここに住むから、必要なものを調達して来てちょうだい。報酬はそれで良いかしら?」
「汎用魔導車3台が収まるほどの魔道具ですと、国宝を凌ぎますがよろしいのですか?」
「乃亜のアイテムボックスたる私はそれよりも性能が良いから問題ないわ」
「左様ですか。では、行って参ります」
「ええ。夕飯までには帰ってくるのよ~」
一瞬で姿を消したレイ・メイさんに投げかけた姉さんの言葉が、決して広くはない時計塔の中階層に木霊する。
まさか俺にメイドさんが出来る日が来るとは……。
「乃亜? 顔がいやらしいわよ?」
「いやらしいのはレイ・メイさんを剥こうとした姉さんでしょう?」
「いやいやいや。レイ・メイの身体は本当にすごいのよ!? デッカいのに垂れてなくて、ボリューミーでスタイリッシュなの!」
「はぁ。今後、レイ・メイさんに酷いことしたら、姉さんにも同じことするからね」
「それって、レイ・メイに背中を流すように命じたら、乃亜が混浴してくれるってこと!?」
「……………姉さんって、無駄に天才だよね」
「ふふん! ステキなお姉ちゃんで良かったわね!」
まぁ、うん。
ドヤ顔は腹立つけど、あんな美人なメイドさんを雇ってくれたのは確かにナイスプレイと言わざるを得ない。
この世界、未だ分からないことは多いけど、悪くはないのかもしれないな。
◇◆◇
森精種はエルフの古代種であり、およそ150年を寿命とするエルフよりもかなり長命な種族である。
古代種は【黒金の夜】に、突如として世界中に現れた栽官の襲撃を受け、各種族それぞれが一名を残すのみとなってしまったが、その一人とまさかこんなところで遭遇するとは思わなかった。
「チッ……」
文字通り手も足も出せなかった現実に、思わず舌打ちが溢れる。
初めは地下迷宮前での一戦。
誰もいないはずの地下迷宮から何者かが出て来たところを確認しに行ったら、即座に捕捉され雷の遠隔攻撃術式を受けた。
威力はかなり抑えられていたが、あの精度で狙われては身を隠しようがなく、故に直接叩こうと動き、失敗した。
二度目はあの森精種の弟だという人間を暗殺しようとスカートの中の暗器に手を伸ばした直後だ。
あの女は談笑を続けながらに私に服を脱ぐように命じ、弟には悟られぬように私に鋭い視線を向けていた。
理術も剣も暗殺も、全てにおいて隔絶している。
「クソッ…………いえ、切り換えましょう。上下関係こそあれど、あれだけの力を持つ古代種と協力関係を築けたという点はプラスです。上手くやれば、遅々として進まない工作を短縮できるかもしれません」
私には『目的』がある。
そのためであればいかなる辛酸をも受け入れると決めているし、既にこの身は穢れているのだ。
愚鈍な人間を主人とするだけで、森精種の協力を得ることが出来るのであれば、喜んで踊ってみせよう。
「あの女の話すことが本当なのであれば、未来の情報を得ることが出来るかもしれませんし、しばらくはあの人間を取り込むことに注力した方が良いかもしれませんね」
自分の部屋からあらかたの私物を自前のアイテムボックスと森精種に渡された魔道具に詰め終わった私は、溜息を吐くこともせずに御主人様の元へ急ぐのであった。
◇◆◇
レイ・メイさんが買い出しに出た後、特にすることもなくて暇だった俺は、姉さんにオススメのスキルや技練値の稼ぎ方など、この世界の基本システムを教わっていた。
この世界で生きていくには何だかんだで強くなる必要があるだろうし、姉さんが言うには地下迷宮のラスボスだったクレイドル・ゴーレムは普通のRPGではスライムぐらいの扱いらしいのだ。
それが本当なら、確かにさっさと強くなる必要があるのかもしれない。
「ん? あのボスゴーレムが雑魚キャラなら、ルインズスケルトンとかはどんなもんなの?」
「そうねぇ。木箱じゃないかしら? 壊せるけど、何も出てこない系のやつ」
「木箱……あのスケルトンが木箱………?」
え? じゃあ、何か?
俺は木箱を見て気を失って、お漏らしをしたと?
「もしかして、あの地下迷宮って小学生が遊びに行く公園とかじゃないよね?」
「いいえ。あそこは軍用施設よ。この国の軍人がトレーニングのために使う場所ね」
「………姉さんから見て、この国の軍人って強いの?」
「強い人もいるってところかしら? トップ層相手だと、1対2までなら乃亜を守りつつ戦えるけど、それ以上は厳しいわね」
「なんだ。姉さんが化け物なだけじゃん」
「そうは言うけれど、この世界のメインコンテンツは魔物や軍人じゃなくて裁官なのよ? そこらの人間ぐらい片手で相手出来るようにならないと危ないわ」
「裁官って何?」
「ざっくり言えばこの世界を滅ぼそうとしている敵のことね。大体60年ぐらい前に、この世界を支配していた古代種たちを滅ぼしてまわったヤバい連中よ」
「60年前ってことは、今はどっかに封印されてるとか?」
「いいえ。すぐそこにいるわよ? ほら、あそこ」
「またそうやって脅かそうとして……」
姉さんが窓の外を指差しながら俺を手招きしているが、今の俺には恐怖耐性(特大)があるのだ。
ちょっとやそっとのことじゃビビらないし、漏らさないぞ。
「別に何もいないじゃん。普通に立派な街があるだけだよ」
「ふふ。街を囲むように大きな壁があるでしょう? あれは何のためにあると思う?」
「外敵からこの街を守るためじゃないの?」
「そうね。じゃあ、その敵とは?」
「………まさか」
「そう。そのまさかよ。この世界は既に滅びた世界。世界は裁官に滅ぼされ、残ったのはかつて古代種に敵わなかった小国のみ。それも多くの国が国土を奪われ、今やここみたいな都市国家がポツポツと慎ましやかに存在しているだけよ」
「姉さん………何でそんなゲームやろうと思ったの?」
「………だって、荒廃した世界とか格好良いじゃない?」
「そんなアホみたいな理由で、難易度がおかしい世界で生きていかなきゃならないと………次はストレス耐性でも取ろうかな」
「だから極上のメイドをプレゼントしてあげたでしょう? あの子、何か腹にとんでもないものを抱えているけれど、引くほど賢いし、私の5分の1ぐらいの戦闘力はあるし、細かい主人の命令は何でも聞いてくれるわよ?」
「ちょっと待って。強くて賢いのは助かるけど、腹に何か抱えているって何?」
「………女はミステリアスな方が魅力的よね」
優秀で美人なメイドさんが従者となったのは嬉しい。
ただ、そのメイドさんが腹に逸物を抱えていて、更には俺では手も足も出ないぐらいに強く、そしてそれなりに賢い姉さんが引いてしまうぐらいには知略を巡らせることも出来るときた。
「この世界って、クーリングオフとかない?」
「憲法があるだけでも奇跡みたいなこの世界で、商取引の法律がまともに機能しているわけないでしょう? 自己責任よ。自己責任」
「俺、いつか強くなったらぶん殴りたい人がいるんだ」
「ふっ………そう焦らなくて良いのよ? 乃亜はお姉ちゃんが絶対に守ってあげるからね」
うん。絶対強くなろっと。
とりあえずはレイ・メイさんが戻って来るまで筋トレでもするかね。
お読みくださりありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」などと思っていただけたら、
ブックマークと☆☆☆☆☆から評価をお願いします。
執筆の励みになります!