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4話 姉心と書いて性癖と読む

 

 恐怖がいかに人心を狂わせるのかを悟ったが、過去の自らの行いを悔いても後からではとにかく遅い。

 幸いにもうちの姉さんは俺が嫌がることはそこそこで切り上げてくれるぐらいには優しいし、今は少しでも真面目な言動で過去の行いを塗り潰したい所存である。



「なるほどね。確かに、聞く限りだとその黒髪の少女が私たちをこの世界に連れて来た可能性が高いわね」

「うん。姉さんのスキルツリーを俺に移植したのも、この世界がただの人間には厳しいからじゃないかな」

「一理あるわね。あ、撃つわね」



 俺が落ち着きを取り戻してから既に20分以上経過しているのだが、姉さんは何分かに一回、前方に向かって雷を飛ばしている。

 道中に黒焦げになった骨や、人型の何かや、四足歩行の焦げた何かが転がっているし、どうやらかなり遠距離から一方的に雷の魔術で攻撃しているらしい。



「姉さん。俺もステータスを上げたり、技練値を稼ぐために戦いたいんだけど…」

「いやいや。この世界にはペインインターラプターはないのよ? 怪我して泣いちゃっても知らないわよ?」

「それぐらいじゃ泣かないよ」

「さっきまでギャン泣きしてたじゃない」

「それは………そうだけど」

「それにもうボス部屋よ。ここのボスを倒せば、外に出られるわ」



 確かに多くのフルダイブ型VRコンテンツに実装されている、痛覚緩和機能(ペインインターラプター)が効かないだろうこの世界では、命を落とすような傷はもちろん、骨折や裂傷などの命に関わるほどではない傷でも、一度受ければ行動不能になる可能性は充分にある。

 姉さんはこれまで培ってきたプレイスキルと、VRGから引き継いだ強力な肉体のおかげで無傷で戦えるだろうとは言っているが、姉さんだけに危険を押し付けるのはどうにもムズムズしてしまう。



「姉さん。俺に出来ることはないの?」

「そうねぇ……応援とか?」

「そういう精神論じゃなくて、援護射撃ができる道具とか、そういうのだよ」

「あら、精神論は大事よ? プラセボ…つまりは思い込みの力だけで人の体はただのビタミン剤を万能薬と誤認し、ある程度の効果を発揮するもの。私は乃亜が応援してくれるなら、誰にも負けないわ」

「…………分かったよ」



 こっちの世界に来てから、ここまで散々迷惑をかけているのだ。

 俺に出来ることが応援しか無いというのは癪だが、それで姉さんの勝率が上がるのであれば、姉さんを全力で送り出そう。



「姉さん………頑張って」

「ええ。安心してちょうだい。乃亜は私が守るわ」



 姉さんは片刃の剣を鞘から抜きながら、そう言ってボス部屋へと入って行った。



 ◇◆◇



『Fragments of Oblivion』は私のためにパーソナライズされたゲームである。

 そのゲームで私は古代種と類される森精種(クラシックエルフ)として、様々な武器を手に戦い抜いてきた。


 戦闘に集中している間は現実を忘れられる。

 そのため、『FoO』にダイブしている間は、戦闘に明け暮れていたと言っても過言では無い。


 敵はクレイドル・ゴーレム。

 設定では古代からこの遺跡を護る守護者として稼働し続けているゴーレムを生み出すゴーレムだが、この世界においてはゴーレムを含む魔物など、私が戦う『敵』からすれば何段も劣る存在だ。



「初級剣技:水華の閃」



 普段は剣技や名など口にはしないが、今の私は理術やアイテムボックスは使えても、スキルに伴うシステムアシストは稼働しないために、肉体の制御を全て自分の意思で行う必要がある。

 これまで散々使って来たスキルを思い出しながら、人力で再現して技術へと変換する。


 この戦闘の目的はそれだけで、今回はそれを無事に成し遂げることができた。



「ふぅ………まぁ、ざっとこんなものかしらね」

「……い、一撃?」

「だって敵は弱点のあるゴーレムだもの。胸にあるコアを砕けば、もう動かないわ」

「そうかもだけど、すごすぎない? 剣筋とか全く見えなかったよ」

「乃亜も剣術のスキルを覚えればすぐに出来るようになるわよ」



 乃亜には私と違っておそらくスキルによる自動肉体制御が効いてくれると思うし、戦闘以外で技練値を稼いだ後は、魔術を中心に遠距離型のビルドを組んでもらう予定だ。

 前衛は敵の攻撃を受ける可能性が高いわけだし、可愛い乃亜には擦り傷とて負ってほしくは無いのである。



「さて、それじゃあこれで薄暗い地下探索は終了ね! ここまでは私の知るグラムヘルツ帝国の地下遺跡のまんまだったし、おそらく地上も私がよく知るグラムヘルツ帝国のはずよ」

「グラムヘルツ帝国……って、どんなところなの?」

「一言で言えば、ヤベー国ね」

「ヤベー国……」

「ものすんごい実力至上主義で、弱者にはドン引きするほど厳しいわ。半月に一回の全国民を対象にした忠誠度ランキングで階級が決まるの」

「忠誠度ランキング?」

「実際にはもうちょっと堅苦しい名前だったけど、国にどれだけ貢献したかで扱いがかなり変わるのよ。戦士が一番、それを支える技術者や医者が二番、その後にも色々続くけど、観賞用のお花屋さんとかやっていたら、即奴隷落ちするわね」

「ヤベー国だ……」



 ま、まぁ。

『FoO』の世界にそういう国が出来たのは、私が設定したプロンプトによるところが大きいのだけれど、それは乃亜には黙っておきましょう。

 この世界は現実みたいだし、私がAIに出した命令文とは関係ないはずよ。多分。



「私がこの国を訪れたのは、シナリオ的に第二章的なところだったと思うのだけれど、最強の剣士の妹が病で伏せて起きることすらも出来なくなったことで廃棄処分が命じられていたわ」

「ヤベー国じゃん」

「この国では国への貢献が一番で、倫理観とか二の次だから乃亜も気をつけてちょうだいね」

「気をつけるって、俺は何を気をつければ?」

「お姉ちゃんから離れず、実力の底を見せないとか?」

「何それ?」

「ほら、狂犬の後ろにいる謎の実力者的なキャラいるでしょう? アレよアレ」

「姉さんは狂犬じゃないじゃん」

「確かに狂ってはないけど、私のお世話をしてくれる乃亜は飼い主みたいなものでしょう?」

「俺、こんな大きいペット要らない」

「そんな!? 私はお手もお座りも出来るのよ!? 乃亜が望むなら、首輪を付けられても文句は言わないわ」

「姉さん。実の弟にクソみたいな性癖を暴露するのはどうかと思うよ」

「違います~。性癖じゃなくて、一生乃亜にお世話してもらいたいだけの姉心です~」

「はいはい。とにかく、要は姉さんよりも目立たないようにすれば良いんでしょ? 俺は大人しくしてるから、色々任せたよ」

「ワフッ!」

「あと、俺は猫派だから。犬はどっちかというと嫌いな部類だから」

「………………にゃあ」



 せっかく四足歩行で呆れた顔の乃亜の後に続いたのに、乃亜にゴミを見るような目を向けられてしまった。

 ええっと乃亜?

 ………ちょっぴりマゾっ気のある私でも、流石にその視線は傷つくわよ?



 ◇◆◇



 少しばかり姉さんを見直したが、格好良い姉さんなど幻想だったのだとすぐに気付いた。

 見てくれは凛々しく格好いいエルフなのだからもう少し言動に気をつけてもらいたいものだが、アイテムボックスから取り出した猫のツケ耳を自分の頭に乗せ、ふと我に返ってツケ耳をすごすごとアイテムボックスに戻す姉さんには威厳など一切感じられない。



「流石にこの年で猫耳は恥ずかしいわね…」

「はいはい。で、この魔法陣みたいなやつに乗れば地上に行けるの?」

「ええ。理力は私が入れるから、手を繋いでおきましょう。地上に出たら、すぐに認識阻害術式を発動させるわ」

「認識阻害術式………姿を隠すみたいな?」

「正確にはちょっとやそっとのことじゃ気にされなくなる術式ね。ここの迷宮の入り口は軍基地の一角だから、まずはそこの脱出を目指しましょう」

「了解」



 姉さんと手を繋ぎ、複雑な紋様の描かれた四角い石代の上に立つ。

 恐怖耐性は(特大)まで取得したが、こうした未知への緊張感は失われる事はないらしい。



「それじゃあ行くわよ」

「うん」


 こういった大規模な術式は、何か強い光でも発するのかと構えていたのだが、拍子抜けするほどに何もなかった。

 既に転移した後だと気が付いたのは、頬を風が撫でて行ったのを感じてからの事である。



「思ったよりも、地味な感じなんだね」

「……………」



 すぐそばで手を繋いだままの姉さんの顔を見上げつつ、転移の感想を漏らしたのだが、姉さんからの反応がない。

 ジッと一方を見つめているようだが、俺には西洋風の建物がある以外は何も気になるところはなかった。



「姉さん?」

「……………伏せて!」



 繋いでいた右手を姉さんに引かれ、突っ伏す様に転移術式の彫られた石台に転がる。

 迷宮の中と同じ模様がこっちに彫られているんだという周回遅れな感想を抱いている最中、頭上で金属同士がぶつかる様な鋭い音が響いた。



「………やはり防ぎますか」

「当然よ。私を誰だと思っているのかしら?」

「寡聞にして存じません」



 姉さんが誰かと話している。

 相手は誰かと顔をあげてみると、真っ白なエプロンドレスが視界に入った。



「そう。何はともあれ、いきなり斬りかかってくるとはご挨拶ね」

「先に仕掛けて来たのはそちらではありませんか」

「アレだけの敵意を向けておいてよく言うわ」

「誰も入っていないはずの地下迷宮から何者かが現れたのです。警戒しないわけにはまいりません」

「潜入中のスパイの癖に、存外仕事には忠実なのね」

「………何故それを?」



 もうちょっと顔をあげて、姉さんと話をしている女性の顔を確認する。

 その女性は真っ赤な瞳と真っ白な髪を持つ、メイド服を纏った女性だった。

 表情や身格好こそ丁寧で貞淑な印象を受けるが、姉さんと鍔迫り合いをするその姿には尊大なまでに威圧的な雰囲気を纏いすぎている。



「貴女のことはよく知っているわよヴィクトリア。いいえ、レイ・メイと呼ぶべきかしら?」

「!!」



 突如、頭上で激しい何かが生じる様な、空気が凝縮される様な気配を感じたが、ジッと身構えていても何も起こらなかった。

 恐る恐る顔を上げてみると、銀髪の女性が姉さんに抱えられてグッタリしている。

 どうやら気を失っているようだ。



「…………どういう状況?」

「『FoO』によく似た世界だとは思っていたけれど、主要キャラまでいるとは思わなかったわ」

「つまり、この人は姉さんの知り合いってこと?」

「VRGの頃の私の従者………というか下僕というか……まぁ、そんな感じよ」

「このメイドさん、どうするの?」

「彼女からなら色々この世界について話を聞けるでしょうし、このまま連れて行きましょう」

「マジか……」



 確かに俺はこの世界のことをほとんど何も知らないし、姉さんの方針に従うとは言ったが、この世界に来て初めて出会った人物を腹パンして強制連行するのはどうなのだろうか?

 普通は異世界に来て最初に出会う相手とは、仲良くするものなんじゃないの?




「まったく。無駄に乳が大きいせいで微妙に重いわね」



 ……これ、近いうちに世界中から指名手配されて討伐される流れになったりしないよね?


挿絵(By みてみん)

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