3話 恐怖とは羞恥の種である
人生には一生の不覚というものがある。
人間とは日々大なり小なり失敗しながら生きていく生き物ではあるが、これはあまりにも酷い。
「まぁまぁ。誰しも苦手なものの一つや二つあるわよ」
骸骨──正確にはルインズスケルトンというらしい──を目にした俺が一瞬で気を失った後、しばらくして目を覚ますと、俺はいかにもファンタジーテイストな服装で、石室の台座で横になっていた。
ちなみに先程まで俺が立っていた場所は水で濡れていたりもする。
「………もうダメだ」
「だ、大丈夫よ。乃亜は私が守るし、理術や剣は問題なく使えるもの」
「そういうんじゃないんだよ。いくらホラーが苦手とは言え、化け物を目にしただけで気絶した上にお漏らし、さらにはその後始末までされるとか………もうお嫁に行けない」
「元気出してちょうだい。私がもらってあげるから……ね?」
「……………それは嫌だ」
なんだか姉さんに慰められていることは受け入れ難いが、姉さんに抱きしめられて落ち着いてきたのも事実だ。
非常に悔しいが、お礼はしておこう。
「姉さん、ありが……」
「それにしても、乃亜も意外と立派なお年頃に……ナンデモアリマセン」
…………ダメだこのエルフ。
中身が駄目(姉さん)だと、いくら見てくれが良くてもこんなにも残念なんだな。
◇◆◇
ルインズスケルトンを一目見ただけで目を回してしまった乃亜のまだまだ子供な一面と、お着替えをさせている間に垣間見えた乃亜の大人っぽい一面を一気に確認できてしまうというボーナスイベントを堪能した後のことである。
「へぇ。なるほどね。この世界は魔術と聖法術と呼ばれる二つの力があって、それを合わせて理術って言うんだね。どちらも体内のオドを使用して発動させる神秘だから、本質的にはどちらも同じものだけれど、文化や風習によって切り分けられたりしてきたんだよね?」
「乃亜? そんなペラペラ喋ってたら喉渇かない?」
「大丈夫だよ姉さん。そう言えば姉さんが用意してくれたこの服って、もしかして理術で用意してくれたのかな? あるいはどこか別の空間にしまっておける能力でもあったりするの?」
私の左腕にがっしりとしがみ付くようにくっついている乃亜が、止まることなく喋り続けていた。
ホラー全般への耐性が恐ろしく低い乃亜にとっては、薄暗く不気味なこの地下迷宮は歩いているだけで恐ろしいらしく、かれこれ10分以上はマシンガントークを続けている。
私としては乃亜にここまで頼られることも中々無いために嬉しくはあるのだが、普段は口数の少ない乃亜がここまで饒舌というのは、かなりの違和感を感じてしまう。
「ええっと。アイテムボックスって言って、物をしまっておける理術があるのよ。取り出したい物を念じながら手を入れると、それを取り出す事が出来るわ」
「なるほどね。中々に興味深い理術だね。それって俺も入れたりするのかな?」
「アイテムボックスに生物は入れられないわ」
「そっか。それは非常に残念だけれども、そう言う事なら仕方ないね。あ、なんだか歌いたい気分だな。何を歌おうかな?」
「乃亜………」
うちの弟はもう、駄目かもしれない。
流石にこんな乃亜を見ているのは忍びないし、何か私がしてあげられることでもあれば良いんだけど……。
「そうだわ。乃亜、試しに目を閉じてみてくれないかしら?」
「え? 人間は目を閉じたら死ぬんだよ? 姉さんはそんなことも知らないの? ドライアイって人が生きているという揺るがない証拠で、それを治療しようとする行為は神をも恐れる所業だって知ってた?」
「知らなかったわ。ほら、良いから目を瞑ってみてちょうだい」
「何で? 怖いって何回言わせるつもりなの?」
「怖いんだろうとは思っていたけれど、聞くのは初めてよ。って、そうじゃなくて……。今の私はシステム的な要素に完全にアクセス出来ないけれど、乃亜は試していなかったじゃない? もしかすると、乃亜だけならログアウト出来るかもしれないわよ?」
「姉さんを置いてログアウトなんてできないよ。あっちに戻ってさっきみたいな化け物がいたらどうするの? 姉さん無しで生きていくとか俺には無理なんですけど?」
「何でちょっと逆ギレ気味なのよ……ほら、2秒だけで良いから目を閉じて」
「ムリムリムリムリムリ」
「少しでも乃亜の恐怖を軽減するために必要なことなのよ?」
「目を閉じるぐらいなら姉さんと結婚して子供を産むほうが一億倍マシだから。子供は3人で大きい猫のペットと庭付きの一軒家も産むから許して?」
「まったく…………くらえっ!」
いくらなんでも埒が明かないから、乃亜の目元で柑橘系の果物を軽く絞って、果汁をピュっとやった。
まったく、手間のかかる弟ね。
ついでに近寄って来ていた魔物でも倒しますかね。
◇◆◇
「目がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
急に何者かの襲撃を受けた。
目が痛くてたまらないし、近くから何かを砕くような音や、目を瞑っていても分かる激しい閃光が俺を襲ってきている。
「姉さん! 姉さん!」
「はいはい。私はここにいるから。落ち着いたらゆっくり目を開けてみて」
すぐそばに姉さんの温もりを感じながら、恐る恐る目を開ける。
両目が涙で潤んで前がよく見えないが、これは?
「な、なんか文字がいっぱい見えるぅぅ〜〜」
「おお、スキルツリーは開けるのね。2秒以上目を閉じて開くと、その画面を表示できるのよ。そこでスキルの習得が出来るわ」
「スキルなんか覚えてどうしろって言うの? お漏らし耐性でも習得したら良いの? 姉さんがオムツ変えてくれるって言ったじゃん!」
「言ってないわよ。良いからほら、右の方に恐怖耐性ってないかしら?」
「右? 毒耐性とかならあるけど………」
「その近くよ。よく探してみて?」
「毒耐性……呪耐性……あ、恐怖耐性あった」
「良かったわ。それをアクティベート出来るかしら? そのスキルを習得すれば多少は恐怖が和らぐはずよ」
姉さんのそのセリフを聞いた俺は、即座に恐怖耐性の項目をタップしまくった。
解放済みスキル
・恐怖耐性(特大)
そう記されたウインドウが新たに表示されると同時に、先ほどまで天地がひっくり返るんじゃないかというほどに感じていた恐怖が鳴りを潜め、平常心が急にスッと戻ってくる。
それと同時に先ほどまでの言動が頭を横切り………。
「羞恥耐性! 羞恥耐性ってないの!?」
「ないわよ……。その様子なら落ち着いたようね」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! 恥ずかしすぎる! 姉さんの子供を産むってなんだよ! 人間が家を埋めるかバカが!」
「ええっと………幸せな家庭を築きましょうね?」
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もはや頭を抱えてうずくまることしか出来なかった。
死にたい。穴があったらマントルまで掘り倒したい。
「まぁまぁ。さっきまでは平常心を失っていたって事で良いじゃない。一先ず怖いのは治ったんでしょう?」
「……………うん」
「それじゃあ先に確認しておきたいのだけれど、目を閉じている状態でシステムメニューは表示されるかしら?」
姉さんに言われるがままに目を閉じる。
暗闇だ。何も表示されない。
「何も出てこないよ」
「そう………スキルツリーだけが開けるなんて妙ね」
「あぁ……多分だけど、女の子が姉さんから引っこ抜いたスキルツリーを俺に移したんだと思う」
「女の子?」
「ほら、さっき石の部屋で出てきたって言ってたやつ。なんか青い三角柱を姉さんの方から持って来て、俺の胸に突き刺してた」
「え? それって大丈夫なの?」
「多分?」
服の間から自分の胸元を確認してみる。
うん。何ともないな。
「姉さんはスキルツリーを使えないの?」
「ええ。今の私にはスキルツリーを開けないわ。理術やアイテムボックスは使えるし、スキルを失ったわけではないと思うのだけれど、よく分からないわね」
「へぇ。理術もスキルツリーから習得できるんだ」
今は少しでも気を紛らわせたかった。
姉さんが気遣って触れないでいてくれるのが、尚のこと恥ずかしい。
もう、早くこの地下迷宮を出たくてたまらないのだ。
「ええ。理術は左の方にあるのだけれど、技練値はどのぐらい残っているのかしら?」
「これか……0だね」
「確か私が始めた時には100はあったと思うのだけれど、恐怖耐性はどこまで上げたのかしら?」
「特大まで……」
「全部使ったのね……」
「まぁ、はい……」
だって怖かったんだもん仕方ないよね。
今はちょっとやそっとのことじゃ怯えないメンタルが手に入ったことを喜んでおこう。
「そういえば、ステータスは確認できるのかしら? 瞬きを3回連続でやってみてちょうだい」
「分かった」
パチパチパチっと。
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ノア・フカミ
人間 16歳 M
⬛︎LP 15/21
⬛︎OP -/-
■STR7
■DEX8
■VIT6
■INT14
■MND9
■PIE-
───────────────
「OPってなに?」
「理力量のことね。多かったのかしら?」
「なんか、横線が引いてある」
「横線?」
「紙とか持ってない?」
「それなら……」
姉さんがアイテムボックスから取り出してくれた紙とペンを受け取り、自分のステータスを丸写しして姉さんに渡す。
俺のステータスが表示されたウインドウは姉さんには見えないみたいだ。
「本当ね。確かに横線だわ」
「これ、何だと思う?」
「普通に考えるなら、ゼロか測定不能じゃないかしら」
「ステータスの確認以外に、理力量を調べる方法はないの?」
「何かしら理術を覚えて、使ってみるのが一番ね」
「となると技練値を稼がないとか………」
「技練値は戦ったり、何かを作ったり、長距離を移動したり、色々やれば増えるわ。ステータスのそれぞれの数値も同様ね」
「結構ざっくりしてるんだね」
「リアリティがあるって言ってちょうだい」
現実では何か行動を起こすだけで、目に見えて能力が上がることもそう無いとは思うが、この世界のプロンプトを用意した姉さん的にはこだわりのポイントなのか、プクッと頬を膨らませている。
ただ、何か行動を起こすだけで能力が上がるなら、OPと同じく『ー』表記のPIE-なんかは、実験にちょうど良いかもしれない。
「PIEの増やし方とかあったりする?」
「そうねぇ……お祈りとかじゃないかしら?」
「お祈り……何に祈れば良いの?」
「神様か、上位の存在?」
「上位の………」
「え? 何で私に向かって合掌を?」
「姉さんってこの世界でトップクラスに強いんでしょ?」
「まぁ、多分………?」
二礼二拍手一礼してから、もう一度ステータスを確認してみる。
■PIE-
「まぁ、そりゃそうだよね…」
「ちょっと!? 勝手に拝んでおいて、勝手に失望しないで! お姉ちゃんを諦めないで!」
「……さて、さっさと出口を目指すか」
「へぇ。お姉ちゃんにそういう態度取るのね。ゴッドパワーで子供と猫と家を産ませるわよ?」
「……………は、早く外に出て、姉さんを祀る神殿を作りたいんだよ」
「なんだ。そういう事だったのね。主はいつも乃亜を見守っていますよ」
「チッ………」
姉さんのニヤニヤとして笑みが無性にイラッとする。
はぁ………この世界に来てすぐのところから、もう一回やり直せないものかね……。
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