10話 ボッタクリは用心しても避けられない
迷宮での探索は2日間続いた。
1日目に習得したスキルは【敵感知】、【歩法】、【強撃】の3つのみだったが、その全てが(中)まで向上している。
内容はそれぞれこんな感じだ。
【敵感知】(中)
自分に敵意を抱いている相手がハイライト表示される。
ここは異世界であってVRGの世界では無いはずなのだが、それでもゲームのように対象のシルエットが赤くなるこのスキルは、暗くても相手の姿が見えやすかったりとかなり使い勝手が良い。
ただ、レイ・メイさんとの実験で殺気を隠している相手はハイライト表示されない事が分かったし、油断は禁物ということだろう。
【歩法】(中)
説明には足捌きが上手くなるとあったが、俺の実感としては転ばなくなるスキルだ。
敵の攻撃を避けるために勢いよくのけぞっても足が付いて来てくれるし、歩き疲れることも減った気がする。
あくまでも姿勢制御のためのスキルであるためにフルオートで攻撃を避けることは出来ないが、見えていたのに避けられなかったということが減ったのは、このスキルのおかげだろう。
【強撃】(中)
これは俺からレイ・メイさんに提案したスキルで、ルインズスケルトンの攻撃を避けても有効打を加えられないからということで習得したスキルだ。
俺のこれまでの攻撃が全て弱攻撃だとすれば、これがあれば名前の通りに強い攻撃が出来る。
パンチにもキックにもタックルでも意識すれば強撃になるのだが、その分全身の体重をかけたりするためか、次の行動に繋げ辛い。
ただ、俺がルインズスケルトン勝てるようになったのはこのスキルを覚えてからだったし、レイ・メイさんには不評であるものの、決して無駄にはなっていないはずだ。
振り返ってみれば、このスキルを順に(小)から(中)に上げるだけでもうかなり大変だったが、スケルトンもゴーレムも知覚機能を理力に頼っていたために、理力皆無な俺は気付かれずにファーストアタックを取れたというのは、かなりのアドバンテージだったとも思う。
まさか、俺にスキルツリーを授けた存在はここまで見越していたのだろうか?
なんて事を考えながら石の床に転がっていたら、レイ・メイさんが俺の顔を覗き込んできた。
「坊ちゃん? 生きておいでですか?」
「疲れて動けません」
「この程度で音を上げるとは、少しだらしないのではありませんか?」
「ようやくここのボスを討伐したんですから、褒めてくださいよ」
そう。
俺はついに成し遂げたのだ。
この地下迷宮の探索を開始してからおよそ40時間もかかったが、俺は遂にクレイドル・ゴーレムの討伐に成功したのである。
「そんなことを言って、散々不要だと話した【強撃】をまた強化させましたね?」
「いやいや。【強撃】なしにどうやってあの硬いコアを壊せって言うんですか?」
「自爆するゴーレムを使えば不可能ではないではありませんか」
「物凄い勢いで連射してくるあれをキャッチしろって言うんですか?」
「坊ちゃんはゴーレムに捕捉されないのですから、簡単なはずです」
「それは………そうですけど…………」
「まぁ、最初の悲惨な状態からは抜け出したようですし、一先ずは上々なのではありませんか?」
「………どうも」
いや、待て俺。
流石にチョロすぎやしないか?
確かにこの二日間付きっきりで、食事やら回復やら眠気飛ばしやら色々としてくれたのはこのメイドさんだが、俺に姉さんからもらった服がボロクズになるまで戦わせたのもレイ・メイさんなのだ。
そりゃあ多少どころかかなり強くなった気はするけど、だからと言ってちょっと褒められただけで頬が緩むのはチョロすぎるぞ、俺。
「何ですかその顔は?」
「ふぁんでもあれまふぇん」
自分で自分の頬を摘んで、表情を引き締める。
レイ・メイさんを頼りにするのは良いが、彼女には裏があるとのことだし、信じすぎるのは危険だ。
大事なのは程々の距離感で………
「何してるんですか?」
「坊ちゃんが血まみれに煤まみれなので、お着替えを手伝おうかと」
油断するとすぐこれだよ。
俺のことを子供として扱っているだけなのだろうが、胸元が丸見えなメイド服で俺の顔を覗き込む仕草は、心臓に悪いから本当にやめてほしい。
姉さんみたいにクソダサジャージでも着てくれないものかな。
「け、結構です。自分で着替えられます」
「お着替えをお持ちなのですか?」
「………いえ」
「はぁ。では、最低限これでも羽織っていてください。流石にその姿は見るに耐えません」
そう言いながらレイ・メイさんが取り出してくれたのは、一枚のローブだった。
漫画とかだとよく出てくるけど、こうして身につけるのはこれが初めてである。
感覚的にはレインコートっぽいな。
「ありがとうございます」
「いいえ。では、地上に戻りますよ」
「はいはい………」
二日間寝ずに探索を続けたこともありかなり疲れていた俺は、この時にたった数日前にあった出来事を忘れていた。
地下迷宮から転移陣で地上に出た瞬間は、認識阻害術式を発動させるまでの間に僅かなラグが出来る。
1度目はそのラグの間に俺たちを捕捉したレイ・メイさんが突然襲って来たが、姉さんがなんなく撃退して見せた。
結果から言えばレイ・メイさんと地上に戻った2度目でも、俺たちが地下迷宮から出て来たことに気付く者がいたのだが、俺がそれに思い至ったのは地上に戻ってから8時間後の事であった。
◇◆◇
「あれ?」
目を覚ますと、俺はレイ・メイさんのセーフハウスのベッドの上だった。
確か疲労でフラフラになりながらもレイ・メイさんと認識阻害術式のために手を繋ぎながら帰って来たのは覚えているのだが、部屋についてすぐに眠ってしまったらしい。
「……レイ・メイさん?」
このセーフハウスはそう広くはない。
レイ・メイさんの姿が見えず、まさか姉さんに続いてレイ・メイさんまでも行方不明になったのかと思ったら、意外にもひょっこりとレイ・メイさんが姿を見せた。
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「あぁ、はい。大丈夫です…」
「それは何よりでございます。私は少し情報収集に出ようかと思いますので、坊ちゃんは引き続き休養をとっていてください」
「それなら俺も…」
「そう心配せずとも戻って参りますから大人しくしていてください。それとも、再度寝付くまで添い寝でもして差し上げましょうか?」
「レイ・メイさんは添い寝しておけば俺が喜ぶと思っていませんか?」
「思っていますが、何か?」
「まったく……姉さんといいレイ・メイさんといい、年頃の女性がそうもはしたないのはどうかと思います…………よ?」
ついさっきベッドから体を起こしたばかりなのに、レイ・メイさんに押し倒されてしまった。
俺の上に馬乗りになったレイ・メイさんの深い谷間が目の前で左右に揺れている。
「やはり喜ぶのではありませんか」
「これは添い寝とは言いません」
「坊ちゃんが望むなら、眠るまでこのままでも構いませんよ」
「それはレイ・メイさんが疲れちゃいますし、遠慮しておきます」
「それもそうですね。では……」
レイ・メイさんが俺の腕を押さえていた手を話し、俺の顔の真横に自分の顔を寄せてきた。
それと共にレイ・メイさんの柔らかいあちこちが、彼女の全体重と共にのしかかってきて……。
「重いです」
「女性にそういう事を言うものではありませんよ」
「青少年にこういう事をするのもどうかと思います」
「汚れきっていた坊ちゃんの汚れを拭い丁寧に着替えまで行った私に対して、今更ではありませんか?」
レイ・メイさんはそう言うとスッと俺の上からどいて、軽く自分の服の乱れを直し始める。
俺はその間に自分の身を改めて確認すると、血や煤に汚れていた全身が綺麗になっていて、ついでに服も清潔な物に着替えさせられていた。
「……お世話になりました」
「私は坊ちゃんのメイドですので、当然の事をしたまでです。それよりも私の全身を余す事なく堪能されたのですから、私の言う事を聞いてくださいますね?」
「妖怪ボッタクリ美人局メイド……」
「何か?」
「い、いえ。まだ眠いので、もうちょっと寝てますね」
「はい。それがよろしいかと。私が戻ったらお食事にしますので、しばらくはごゆっくりなさってください」
「分かりましたよ。行ってらっしゃい」
「…………行って参ります」
やけに溜めた行って来ますの挨拶だったが、レイ・メイさんは終始無表情なままに一礼して何処かへ出掛けて行った。
さて、もうちょっと寝るとしますかね。
◇◆◇
レイ・メイさんを見送ってからおよそ2時間ほどすぎた頃合いだと思う。
何だか嫌な予感がして目を覚ますと、部屋の外から大勢の足音が聞こえてきた。
一体何が起こっているのかと玄関の方に向かおうとした直後、扉が乱暴に破られて部屋に武装した大人達が勢いよく踏み込んできた。
【敵感知】の効果によると、彼らは全員が俺に敵意を抱いているらしく、体の周りが赤くハイライト表示されている。
ただ、その中に一人だけハイライト表示されていない人物が混じっており、そしてその人物はこの世界では数少ない顔見知りでもあった。
「オリビアさん?」
「少年。ヴィクトリアは一緒ではないのか?」
「2時間ぐらい前に出かけましたけど………」
「そうか。悪いが我々に同行してもらう」
「この部隊の指揮権は私にある! いくら剣士オリビアであっても……」
「衛士長からの任は重要参考人ヴィクトリアの拠点の調査だろう? まさか貴殿は重要な情報源であるこの少年の口を故意に閉じようと言うのか?」
「それは……」
「それでも不服であれば、彼の取り調べに私の序列を賭けても良い」
「序列を? それがどういう事か分かっているのか?」
「もちろんだとも。伊達に剣の腕だけで序列4位まで登って来たわけではないさ」
「………良いだろう。帝国に永遠の栄華を」
「帝国に永遠の栄華を」
話に割り込んで来たおっさんと、オリビアがレイ・メイさんの部屋で二人揃って敬礼をしている。
俺、まだ寝起きでよく分かってないんだけど、これってピンチだったりしますか?
「ふぅ。危ないところだったな少年」
どうやら話の流れ的にこの場はオリビアが取り仕切ることになったらしく、おっさんが部下を連れて部屋を出て行った後に、こう切り出してきた。
「俺の中では貴女も十分に危険人物なんですけど…」
「ははは。心配せずとももう服を脱がしたりはしないさ。というよりも、君のそれは誰にも見せない方が良い」
オリビアが自分の左手首に刻まれた黒いタトゥーを指差しながら、そんなことを言う。
そういえばこの国ではあのタトゥーが無いと、1発で不法入国だってバレるんだったか。
「それよりも、今は私に従ってほしい。君とはいくつか話したいことがある」
「ここじゃダメなんですか?」
「それでは彼らは納得しないだろう。それとも、取り調べとは名ばかりの拷問を受けたいのか?」
「………ヴィクトリアさんが重要参考人というのは?」
「どうやら彼女に国家転覆罪の容疑があるらしい。詳しくはここでは話せん」
「…………分かりました。どうせ逃げられそうもありませんし、付き合いますよ」
「……付き合うだなんて、これはユリアに自慢できそうだな」
「良い年して何をアホな事を言ってるんですか」
「これでも私は18だぞ。色恋に目がなくて何が悪い」
「…………それはなんとも」
「何だ? そんなに老けて見えるか?」
俺がなんとも言えないのは年齢ではなく、色恋に目がない発言の方なのだが、どうやら俺は今からこのオリビアによって取り調べを受けるようだし、機嫌を損ねるのは良くないだろう。
「オリビアさんは年相応に可愛らしい女性だと思いますよ」
「か、可愛いだなんて……君は悪い男だな」
そこには、「凛々しい女性ほど可愛いって褒めておけば言い訳よ」という姉さんの雑な対人スキルがものの見事にブッ刺さっている、獣人のお姉さんがいた。
これ、上手いことやれば取り調べ中にカツ丼ぐらい食えるんじゃないか?




