98話 まあ、なんてことですの
ユニムとエレナの特訓
《一日目 ユニムとエレナ》
ユニムは、エレナに氷の魔術を教わりたいようで、目を輝かせながら、書庫から魔術に関する本を小さな体で運んでは、積み上げていた。
エレナは、微笑みながら、ユニムが勉強している様子をじっと見ていたが、横から「呪文のほうが早いですわよ」と水を差す。
ユニムには、聞こえていないのか。ユニムは、詠唱を暗記しては、地面に手を当てて、長い長い詠唱を唱えていたが、どういうわけなのか。何も起きなかった。
ユニムはがっかりしてしまい、ふて寝する。
晩餐にて、ナディアが「調子はどう?」と訊ねると、ユニムは「ふつう」と、元気のない声で返した。
あまり、納得がいっていないのだろう。
エレナが「この子は頑張っていましたわ」と、助け舟を出すが、アレキサンダーもナディアも、腑に落ちない様子だった。
二人とも、ユニムの凄さを知っているので、ユニムの発言からきっと、凄いことをしていたのでないかと、踏んでいた。
実は、詠唱が発動しなかったのには理由があった。エレナがこっそり、周囲の温度を操作していたのだ。
これでは、氷ができるわけはなかった。
ユニムの周りは、涼しいのだが、ユニムが触る地面や、手を向けた方向に対して、温度の変更の魔法が、エレナによってかけられており、ユニムを教育しようとしていたようだ。
それもそのはず、エレナはユニムを気に入っていない。
これからも優しくされるか、危惧される。
《二日目 ユニムとナディア(旧アルジーヌ)》
「いいユニムちゃん、足を引いて、手を素早く切り替えて、深く呼吸をして、これが、観空大よ」
威厳のある虎のような構えは、覇気を纏った白虎のようであり、朝の微風が、ユニムの髪を撫でるように、吹いていた。
ユニムの髪が、靡く。
ユニムも応じて、その構えを真似する。
その様は、まるで子猫のようだったが、ナディアに頭を撫でられ、嬉しそうにした。
「ナディアちゃん、疲れたのだ」
現在、ナディアは、ユニムを強化しようと、十二の刻の型を教えていた。
型の名は、十二獣拳であり、モチーフは、干支である。
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二種類である。
文字通り、十二の刻の型があり、それぞれに名前があるため紹介する。
一の刻 「燕飛」 素早さ・敏捷性。高く跳ぶ動作が多く、スピード感が鼠の俊敏さに通じる
二の刻 「鉄騎一段」 力強さ・粘り強さ。安定した騎馬立ちで、牛のように重く力強い。
三の刻 「観空大」 勇猛・攻撃性。ダイナミックで堂々とした構えが虎の威厳に似る。
四の刻 「平安二段」 柔軟・跳躍。軽快でバランスの取れた型。素早く動くウサギのよう。
五の刻 「五十四歩大」 精神性・空中性。高度な技巧と神秘性。龍のような流れる動き。
六の刻 「慈恩」 柔軟・変化。ゆっくりとした動きと突然の鋭さが蛇の動きに通じる。
七の刻 「半月」 勇ましさ・疾走。強く踏み込む動きと直進的なパワーが馬に合う。
八の刻 「平安初段」 柔らかさ・思慮深さ。シンプルで基本を重視。内に秘めた穏やかさと集中力。
九の刻 「平安三段」 機敏・知恵。方向転換の多い動きが、猿のような素早さに重なる。
十の刻 「慈陰」 優雅・警戒心。上体の動きが多く、構えが鶏の警戒姿勢のよう。
十一の刻 「十手」 忠誠・素直さ。しっかりした守りの型で、忠実な守護者のよう。
十二の刻 「バッサイ大」 突進・大胆さ。力強く突き破るような動作が、猪の突進力に通じる。
「ふう。これで全部よ」
ナディアが、目を横にやると、ユニムは、草原に寝転がり、風を感じていた。
何食わぬ顔で、ナディアもユニムの隣に寝そべる。
細く、しなやかな腕が彼女の強さを物語っていた。
褐色の肌の脚に、腕、筋肉の筋の線が入り、動く度に隆起する。
ユニムは、内心で、かっこいいと思っていた。
二人は、会話をするわけではなく、ユニムが、ナディアに目をやると、ふざけた顔を彼女がしたので、共に笑いあった。
日付は経ち、一週間が経過する
ユニムは、稽古をつけてもらうため、ナディアとエレナと共に、サンタンジェロの近く、アエリウス橋から少し歩いた場所にある『流音の苑』に来ていた。
見事、ユニムは、十二の刻の型、十二獣拳を習得していた。
「これならば、連れて行っても恥ずかしくないわ。ところで、エレナさん、魔術に関してはどうなの?」
「もちろん、鍛えてありますわ。さあ、ユニム様、魔導演武を始めましょう」
この時点で、エレナは、ユニムに勝たせる気持ちなどさらさらなかった。
凍らしておしまい。
そう考えていたのだ。
強力な魔法を開始の合図と同時にユニムに放つ、もちろんユニムは避けられない。
一瞬にして、氷像になってしまった。
驚いて、万歳のポーズをしていたので、間抜けな姿になっていた。
「まあ、なんてことですの」
いくらなんでも芝居が下手すぎる。まるで三流劇団のような演技をするエレナだった。
「ちょっとあなた、なんてことをするの」
「お姉様、あの子が悪くてですよ。私は、反対魔法をしっかりと教えましたもの」
「事前に氷の魔法を使うことも言っていましたわ」
教えてもいなければ、言ってもいない。
嘘八百とはこのことだろうか。
その時だった。
蒸発するような音が辺りに響く、二人は辺りを見回すが炎などは、周りにはなかった。
何の音だろう。と、視線を前方に戻すと……
ユニムは鬼のような形相で二本足で立っており、顔から全身にかけて、赤黒く発光していた。
その様子はマグマのようであり、どこで学んだのか、彼女は無詠唱を習得していた。
「まあ、なんてことですの……」
そこへ、偶然通りかかったアレキサンダーが拍手している。
何事だろうか?




