95話 氷雪令嬢 冷徹のエレナ
黙ってはいられなかった。
彼女ユニムにとってゼルドとは……
友達以上の存在だからだ。
ゼルドが連れていかれる。
その様子を目の前で見ていられなかった。
「待つのだ」
「にゃんですかにゃ」
「ここで、約束してほしいのだ。
必ずや帰ってくると……
約束してほしいのだ」
「もちろんですにゃ」
「約束なのだ」
「またにゃ。ですにゃ」
一風変わった語尾を持つ宰相こと、ニャルクス七世は、踵を返して重厚な扉を閉めては、四人とどこかに行ってしまった。
ユニムには、打算があった。
待ったふりをして、すぐ追いかければ……
連れ戻せるのでは?
扉がピタリと閉まる音がする。
その瞬間だった。
すぐさま、転びそうになった。
階段につまづきそうになりながら、もつれそうな足で床を蹴った。
体は走り出していた。
ゼルドとの出会いのことを思い出す。
あの時は、男の子のほうが足が速いと思っていたが、わたしより遅い男の子がいるなんて……少し、信じられない気持ちもありながら、微笑ましい現実を受け入れていた。
幼児の頃から、少女にしては、足が速かった。
マスタングやマサメヒの農業を普段から手伝い、鍛えられたしなる足は、道のりを一層短くした。
扉に手が届き、力を込めて、取っ手を引いた。
渾身の力を込めて引いた。
古びているのか、年季を感じさせる音を立てながら、扉を開けると、アエリウス橋から、サンタンジェロの入り口にかけて、ゼルド達の姿はなかった。
あの、語尾のおかしな猫もいない。
牙の意匠を胸に掲げた男もいない。
こういうことだったのか。
ユニムは、幾度となく、自分が不思議な力を使ってきたことが、どういうことだったのか。
今しがた、気づいようだ。
忽然としていた。
まるでそこには、最初から何もなかったかのようだった。
草花が揺れている。
中心に咲く一輪の青い花。
周りの花は白いのに、一輪だけ青い。
まるで私のようだ。と、ユニムは思った。
ゼルドは、すぐに戻ってくるに違いない。
じゃあ、明日にでも……
そんなわけはなかった。
城に戻り、城内を探索しようかとも考えたが、アルジーヌの先程の様子が気になったので、三階の寝室へと見に行った。
アレキサンダーが、介抱している。
ユニムは、学んだ。
どれだけ強く、海内女王であろうとも、弟がいなくなれば……弟が秘密を抱えていれば、それはさぞ、辛いだろう。
隠していた。
騙されていた。
嘘をつかれていた。
すぐには、受け入れられない事実。
ほどなくして、アルジーヌは海内女王の力存続の決断をしなければならなくなった。
持続か、辞退か。
持続することもできたが、彼女は時間が欲しかったので、辞退を選択する。
傍から見れば、へえそんなことか。となるような一言でも、そのたった一言が、当事者からしてみれば、会心の一撃となることは、よくあることで、鋼のような体を持つアルジーヌでも、心までは、鍛えられなかったのかもしれない。
しばらくして、フォーチュリトス王国の海内女王は、アルキメデス魔法学校からやってきた「天王子」が取り行うことになった。
四王国情勢。
力関係は傾かないが、やはり一人ではアレキサンダーの負担が大きい。
天王子の首席となると、アルキメデス魔法学校から、天地国王か海内女王に輩出されるのだ。
今回輩出されることとなった、天王子弐拾六人衆の頂点にして、若干二十歳。
あのアルティメカで優勝杯を獲得、異名を❝冷徹のエレナ❞が、ユニムの前に立ちはだかる。
「あら、ご機嫌いかが?」
水色のドレスを身に纏って、黒いファーで、首を包んでいる。
腕には、淡い青色のアームスリーブを纏っており、純白の白い肌。
欧州の雪女のような佇まいだった。
雪女のような姿は裏腹にガラスのハイヒールをはいていた。
見事な造形だった。
首から上は、ブロンドの長い髪に、青い瞳が目を引く。
狐のような目をしており、眼力がないように捉えられた。
目元を覆う猫目の青いアイラインは、彼女の魅力を引き立てた。
唇もラメが入った水色の口紅。
その姿は、氷を連想させる。
「こんにちはなのだ」
ユニムは、お辞儀をして挨拶するが、エレナが挨拶をしていた相手は、アレキサンダーであったようで、ユニムに一瞥をくれるが……
――常民ねえ
やはり、差別制度が、階級や位から根付いてしまっているようで、ユニムは、変加護の実力を持ちながら、認められない。
現在、フォーチュリトス王国の王城サンタンジェロには、天地国王のアレキサンダー、準賢者ナディア(旧アルジーヌ)。
そして、新海内女王エレナが居住している。
それからというもの、彼女の悪役令嬢っぷりが、かかんなく発揮された。
高貴な家柄
天民(天に近い民であること)
成績優秀
自己中心的な性格
濃い化粧
くっきりとしたボディライン
魅力的な容姿
フォーチュリトス王国の男性たちを虜にした。
今では、準賢者となったナディアこと旧アルジーヌは、ここではナディアとする。
アルジーヌという名は、歴代のフォーチュリトスの海内女王に受け継がれていく名前のため。
ちなみに、この名前は例の「四王国の童話」と同じである。
ナディアは、才色兼備な女性だ。
反対にエレナは、煌めくような、目鼻立ちや八方美人さが好かれた。
毎日、男性がラブレターやプレゼントを送ってきては、求婚してきた。
もちろん、エレナは全部断っていた。
ナディアが、黒髪だったのに対し、エレナは金髪で、インペリアルハーツかスーペリアの出身であることは、間違いなかった。
ゼルドがいなくなってから、三日が経過していた。
今はエレナがアルジーヌと名乗っている。
異名も❛❛氷拳のアルジーヌ❜❜に変更したそうだ。
ユニムは、旧アルジーヌことナディアを毎日付き添ってやり、病気を患ったのか、寝たきりになってしまった彼女の傍によりそっては、話を毎日聞いてやった。
アルキメデス魔法学校での現役時代の話。
ゼクロスとのいくつもの思い出。
アレキサンダーとの馴れ初め。
数々の戦闘経験。
そんなある時、思いがけない幸運が迷い込んできた。
『
♠海内女王演武大会のご案内♣
この度
第八十八回海内女王の弟子達による
演武大会を実施します。
参加される方は
お早めにお申し込みください。
条件:天王子以上との交流
即ち連絡先を保有していること。
海内女王の付き添いが必要です。
歴代でも可。
奮ってご応募ください。
インペリアルハーツ代表
四権英雄メープルシロップ
』




