94話 嵐の後のような静けさの中で脈動する
「その夢はなにかの暗示なんじゃないですか?」
ゼルドは、顎を引いて考え込んでいる様子が見て取れた。
夢での暗示は、現実世界に影響を及ぼすことがまれにある。
例えば、『ウサギを追うな』は『本筋から逸れるな』『目の前の目標に集中せよ』という警告だ。
ひょっとすると、黒いウサギは、闇を彷彿とさせるので『終わりのない迷宮への旅路』かもしれない。
それらを踏まえて、ゼルドはゼクロスに伝える。
ゼクロスは、幾分神妙な顔つきになり、下を俯いては、顎に手を添えて、考えごとをする仕草をしてみせた。
彼の頭の内までは、わからないが、正夢になってしまうのではないか。と、心配しているのかもしれない。
「ゼクロスさん……」
ユニムとゼルドは、ゼクロスが返事をしないので、不思議に思っていた。
三回目だっただろうか。
ようやく、ゼクロスと目線が合い、ゼルドがサンタンジェロを指差しては「行きましょう」と言うのだが、ゼクロスはその因縁から、どうしても行きたくないのか。一歩も動かなかった。
仕方がないので、二人で行くことにして、ユニムとゼルドが、歩き出すと、それを見かねたゼクロスが、何を思ったか、二人を追い越して城の扉を開けた。
「お待ちしておりましたにゃ」
「え……ゼクロスなの?」
「アル姉ちゃん……」
「僕たちもいますよ」
アレキサンダーとアルジーヌは、目を丸くした。
それもそのはず、何かの一族が、ゼクロスと捉えられてしまったのだ。
血は繋がっていないかもしれないが、何年も何十年も同じ時間を過ごした仲間以上の家族という存在であるゼクロスが、何かしらの一族であるという事実はとてもじゃないが、信じられなかったそうで、アルジーヌは、放心状態で、氷のように固まっていた。
隣で様子を見ていたアレキサンダーは、アルジーヌの背中を擦ってやり、彼女が涙を流しながら、嗚咽に近い、咽び泣きをしてみせたので、これはまずいと思ったのか。
アルジーヌを寝室へと、連れていく。
「あれ? まあ、いいですにゃ。
こんにちはですにゃ」
「今は、朝なのだ」
「ユニム様、そこじゃないですよ。猫が喋ってますよ。魔人なんじゃないですか?」
「ならよいではないか。狼と猫。おっと、今は犬だったか。従属同士仲良くできるではないか? もしかしてだが、わたしは、林檎を食べておかしくなったのではないか? ニャアと聞こえないのだが……」
ゼルドが、パチンと手を叩く。「な、にゃんですにゃ」宰相も思わず反応する。
「ユニム様、聞いてくださいよ」
ゼルドは、元気溌剌な声で、何か閃いたのか。目を輝かせる。
「わたしは、さっきから聞いているのだ」
「あ、そうですよね……えっとですね。つまり……あの、その……」
「前置きが長いのだ。要点を言うのだ」
「蜂です」
「どこにいるのだ」
ユニムは、たちまち驚き、どこにもいるはずのない蜂を探しては、慌てふためいてみる。
「どこにいるのだ」
「ここですよ」
「いないではないか」
「だからですね。こうするんですよ」
ゼルドは、腕を差し出し、前腕に黄色と黒の外骨格を形成してみせた。
まるで、装甲のようであり、下手したら銃弾も弾き返すのではないか? と、思われるほど頑丈な外骨格による装甲は、昆獣林檎による、抽出された効果である。
ユニムは、納得がいったのか。思い切り笑っては、ゼルドの頭をこれでもか、と言わんばかりに撫でている。
「そういうことか。大手柄だな」
「あの……盛り上がってるとこ、ちょっといいすか」
「え、あ、はい。なんでしょうか?」
「ゼルドさんは、何者なんすか?」
ゼルドは、今一度考えてみるが、リンゴなら赤のような、定番と思わしき、絶対的な正解が思いつかなかった。
自分のことを、説明しようとなると、難しく、どのように表現したらいいのか。わからないでいた。
「簡単ですにゃ」
三人共、また猫が喋ったので、目をパチクリさせる。
「古より伝わる伝説の一族ですにゃ」
「私と一緒に修行の旅に出ますにゃ」
「何を言うんですか。子猫さん、ぼくは、ユニム様を見届けないと……」
「ありえないっす」
まさか、これが黒いウサギの暗示なのか? などとゼクロスは考えていた。
実際は、黒でもウサギでもなく、灰色と白の猫だったわけだが……
「わたしも、そうなのか?」
「ワクワクしてきたのだ」
「あにゃたは、ジーヌさんに鍛えてもらうといいですにゃ」
これとないほど、わかりやすく落ち込むユニム。
青髪は、輝きを失わずに、日光を反射しながら、ゼルドという少年の目を奪っていた。
どうやら、彼ら、ちなみに、ゼルドとゼクロスの拒否権のようなものは存在せず、後程やってきた牙王ライオネルとファングに連れていかれてしまった。
ユニムは「ファングではないか」と声を高々に上げて、喜びを露わにしたが、ファングは、目線も向けずに、手を少し上げて、挨拶の仕草を見せたものの、隣にいた牙と書かれた鎧を着ている〈彼〉が非常に気になり、間抜けにも口をポカンと開けていた。
気がつき、すぐに口を閉じたが、精悍な顔つき、鬣のような金色の髪。
特に、牙の意匠に関しては、あっけにとられたようだ。
彼女は「二枚目ではないか」と口に出して、大きな声で言ったが、そっぽを向いている牙王ライオネルの後を追うようにして、宰相が「さ、さ、行きますにゃ」とゼルド達をつれていってしまった。




