88話 変加護であるならば、変化を恐れるな
~メーラジャッロ・ヴェルデ 最下層 女王蜂の間~
「おや、なんだい?」
『逃げろ、逃げろ、逃げろ――』
「気づかれたな……」
「ゼルドちゃん、あなた何者なの? まあ、いいわ。とりあえず外に送るわね」
彼らは、ここにいてはいけない。
ここにいてはいけなかった。
長居してはならなかったのだと。
逃げなければならない。
居心地の良い場所を人は好むが、変化を恐れる。
変化は未知とも捉えられる。
変化を受け入れられれば、莫大な利益を得られることは、間違いないだろう。
「悪魔、たすかったぞ」
ユニムは、礼を言う。
「いいわよ。私の手に触れなさい」
ユニムとゼルドが、悪魔女王蜂の手に触れる。
「達者でな、変加護のユニムとゼルド。
行った先で、鍛えてもらうといいぜ。
俺からは、以上だ。また、会おうな」
「それじゃあ、魔法をかけるわよ」
「それから、マスタングに……」
ゾルが、何か言いかけていたが、運悪く、最後まで聞き取れなかった。
ユニムとゼルドは、その場から姿を消した。
~数分が経過~
メフィストフェレスは、相変わらず林檎を齧っている。
「なんなのよ。ゼルドちゃん。セレスティアル十二使徒なんて、“ジュクウカイ文書”にしか載ってないでしょ」
「本当に妙です……それに、私を毒林檎呼ばわり……気に入りません。不愉快です」
「ああ、そうだな。
しかし……あの女児、海内女王になりたいそうだ。
きっと、戻って来るぜ」
「あの子がかい? 面白い子だねえ。
おや、そういうことね」
二人の鉄の鎧を着た男たちがやってきた。
「団長これは、やられたな」
ひとりは、ヴェクター。
もうひとりは、おや……
「そのようっすね」
この語尾、この声にみなさんは、聞き覚えはないだろうか?
黒いカーテンを背景に、懐かしき彼の姿があった。
みなさんは、覚えているだろうか?
碧眼に、褐色の肌、黒い頭髪の青年。
彼は、階級は『界十戒のオクト』
四権英雄黒の崇高な剣士クロノスの息子。
魔人サターンの友人であり。
その正体は、若くして、一ギルドのマスター。
そのギルドこそ、鉄十字騎士団〈ジ・アイアン・クロス〉
彼の名前は、ゼクロスである。
「メフィストフェレス様、ご無沙汰しているっす」
「スーペリアの民として、礼を言うっす」
「なあに、ゼクロスちゃんじゃないの? ネロちゃんは、元気かい?」
「そうっすね」
「一緒にケルベロスの魔人を追っているっす。あと、ユ……青髪の少女もっすね」
「へえ、それで? ちょっと、待ちなさいよ。ユニムちゃんのこと知ってるわけ?」
なあに、あの子達、有名人なのかい?」
「かくかくしかじかっすね」
「実は、インペリアルハーツの魔法教団〈クリムゾン・ベルベット〉が、彼をギルドに加えたいと言ってるっす」
「で、どうしてあんたたち、いや、ゼクロスちゃんが動いてんのよ」
「それは、こちらも同じことっす」
「ふふふ、あら、そう」
魔人のケルベロスは非常に稀有な存在である。
獄界や、外海の向こう側にケルベロスは存在するかもしれない。
だが、ゼルドのように、青い焔を纏うケルベロスは、誰しもが聞いたことがないからだ。
インペリアルハーツから、四王国全土にその名前が轟いた。
新聞や、噂話で、獄界からの使者ではないかと、外海の向こう側を知るものからは、囁かれた。
人々は、ケルベロスに対し、畏敬の念を抱いていた。
もちろん、その噂は、彼らにも伝わっているようだ。
~フォーチュリトスの王城街ウノ 王城サンタンジェロ~
「ねえ、あなた……これって」
そこには居たのは、黒いドレスの貴婦人。
同じく居たのは、髭を生やした男。
「似ているが……わからんな」




