87話 咆哮のヴェクター
~【現在】イギリア メーラジャッロ・ヴェルデの酒場にて~
酒場の扉が、勢いよく開かれる音がする。
人がひとり入ってきたくらいで、誰も気にも止めないが、店主だけはその人物を凝視し、とある出力装置を入力し、おそらく、電気信号を送っていた。
「メフィストフェレス様お願いします。シフト……14,7,19」
さっぱり意味がわからないが、おそらくなんらかの数列の類だろう。
その様子を見ていた人物が、店員に迫ってくる。
店員は、従業員用お手洗いへといそいそと駆け込んだ。
「やられた……」
その様子を見ていた、柄の悪そうなモヒカンの男が、その人物の腕をがっしりと掴んだ。
「なあ、一杯やらねえか? へへ」
その人物は、グラスを黙って受け取った。
「いただきます」
と、言った傍から、その人物は、酒をモヒカンの男の顔にぶっかけてやった。
「てめえ、なにすんだ」
「おらあよ、繁栄蜂だぞ」
「いい度胸してんな」
「・・・」
「どうしたよ? 怖気づいたか? ぐうの音もでねえか? ああん?」
「俺は天王子だが?」
「ひえっ」
酒場の中心にその人物が、堂々たる姿で、歩いていく。
鉄の鎧の音が、かすかに聞こえる程度だった。
ガチャリ、ガチャリと、足音が響いている。
ちょうど、店の真中へ人物が、辿り着くと、声を張り上げた。
「動くな。鉄十字騎士団だ」
鉄の重厚な鎧を身に纏っている彼こそ、剣の国であるスーペリアの随一の騎士団。
鉄十字騎士団〈ジ・アイアン・クロス〉である。
背中に、黒い交錯した剣の模様が描かれている。
その十字架のような模様は、彼らの象徴である。
鉄十字騎士団の指導者は「界十戒」であり、四権英雄の親族なのだとか……
ということは、彼は指導者ではないようだ。
「皆の者、よく聞くがよい」
その場の笑い声や、話し声が静まり返る。
何事だと、皆が声の聞こえた方向を見てみる。
「俺は、『天王子』のヴェクターだ。ケルベロスの魔人はどこにいる?」
なんだそんなことか。と、誰もが目線を酒瓶や、グラスに戻したその時だった。
モヒカンの男の隣にいた男が、頭を押さえてヴェクターの元へとやってきた。
「ヴェクターさん頼むぜ。やめてくれ。もう、やめてくれ」
「ほおう、命乞いか? 吐けば、やめてやる。さあ、どこにいる?」
「俺は、知らねえんだ。頼む。やめてくれ。頭がおかしくなっちまいそうだ」
「ふふ。貴様、天民に対し、随分と図が高いと見た。逃げてくれるなよ?」
「頼む。それだけは……」
ヴェクターの肩を一人の男が掴む。
「ちょっとまってくれねえか」
「何者だ」
「俺は、ベルモントだ」
「なんだ貴様。居場所を知っているのか?」
「もちろんだ。案内する」




