83話 甘美な林檎
〜そして【現在】〜
ユニムは、アップルパイをほおばっていた。
口を大きく開き、二口で食べてしまったようだ。
「ほいひいのだ」
ゼルドは、丁寧にフォークを使って、切り分けている。
一口食べた。
「この滑らかな舌触り、芸術のような見た目。
そして、もう一度食べたくなるような品のある味わい……おいしいです」
奴隷のゼルドだったが、どこでそんな言葉を覚えたのか。
きっと、新聞に載っていた。四王国のグルメを紹介する記事を読んだに違いない。
ユニムは、不思議そうな顔をしていた。
ユニムの視線の先には、二人の男女。
緑黄のゾルと霊妙のネゼロアが、睨んでくるのだ。
何事だろうか。
ゾルは、明らかに不快そうな顔を浮かべ、ネゼロアは、何度も眉間を人差し指でつついている。
ゾルは、ネゾロアと何度も目を合わせ、何かを話している。
ユニムの位置からは、顔は確認できたが、シツジや、ゼルドのリンゴに関する蘊蓄が始まってしまい、「お」と「か」と「し」だけが、聞こえてきた。
ユニムは、単純思考なのだ、「お菓子」が食べられるのだろうと踏み。
ユニムは何度も「おいしいのだ」と、告げる。
しかし、二人の様子は変わらない。
おそらくだが、その発言はどうでもいいのだろう。
なぜならば、彼らは焦り始めているからだ。
席を立って、同じ方向を行ったり来たり、時計を見て、何かを待っているようでもあった。
その様子に気づいたゼルドが、ゾルとネゼロアに事情を訊くが「なんでもない」「こちらの事情です……妙ですね」と、言ってはユニムの皿を取り上げて、奥へ行ってしまった。
一体全体どうしたというのだろうか。
ユニムは、お菓子を連呼しながら、すこしばかり期待していた。
彼らが、戻ってくると、リンゴを切ったものが、先程とは違う上品な皿に載せてあり、ユニムの下を唸らせる。
ユニムは遠慮なく、全部ペロリとたいらげてしまったが、ますますゾルとネゼロアは、焦りだし、ユニムに「奥に来るように」と、指示した。
ゼルドは、ポカンとしていた。
口の中から、アップルパイの欠片がのぞいている。
シツジは、綺麗に並べられた草を食べている。
ユニムが奥へ行くと、驚いた顔をした、触角の生えた料理人がいた。
触覚の生えた人間は、二度目なので、ユニムは、無論驚かなかった。
その様子を見ていたゼルドが、ユニムの後をすかさず追いかける。
ゼルドは、体に違和感を覚えたが、そんなことはどうだってよかった。
――ユニム様、ぼくを置いてかないでください
「わけわかんねえが、この子がそうだ」
「全部、食べましたよ」
ゾルとネゼロアが、質問に対して、説明をつけたす。
なんの説明なのだろうか。
天井に届きそうなほど、高い、トック・ブランシュ〈コック帽〉を被った料理人が、目を見開いている。
何事なのか。
ユニムは、たくさん食べたので、太っていたらどうしよう。と思い、内心、体型を気にしていた。
手を上げて、お腹を見るさまは、踊っているようだった。
ゾルは、少し怒っていたが、仕方ないか。と、割り切り、ユニムの間抜けな姿には、目もくれず、腕を引っ張った。
「ちょっと、来い」
そうなのだ。ゾルは焦っていた。
ゾルに、ユニムは腕を掴まれので、逃げられなかった。
奥へ、奥へとつれていかれる。
部屋をいくつか横切った。気になる箇所は、なかった。
明るい部屋、暗い部屋、赤い部屋、しばらくすると、黒いカーテンのある部屋に辿り着いた。
光沢があり、その布の高級さを物語っていた。
カーテンは、三重構造になっている。
一枚目は、横開き。
二枚目は、糸を引っ張ると上に上がっていく仕組みのようだ。
そして三枚目は、めくるだけで中には入れた。
ここいらでは、あまり見かけない様式だ。
三つのカーテンを順にくぐると、黒いローブを深く被った女性の姿があった。
逆光になっており、顔が見えない。
誰なのかと思い、ユニムは凝視するが、その女性の顔は、はっきりと見えない。
だが、顔の目元の辺りから、赤い光を見ることができた。
なんの光なのだろうか?
虹彩?
カラーコンタクト?
サングラス?
「貴方、お名前は? ぜひ、聞かせてちょうだい」
見つめていると、その黒いローブの女性が急に喋り初めた。
低い声だった。
男性とも女性ともとらえられる声で、中性的という表現がしっくりきそうだ。
あまりにも、いきなりだったので、面食らったが、ユニムは、自分の名を告げた。
すると、「聞いたことないわねえ」と一声。
ユニムは、ふかふかの黄色いソファに座ると、どこからともなく、「ユニムさまぁ」と、ゼルドの声が聞こえたので、ゼルドの声をした方向を見てみる。
すると、ゼルドの顔が蜂のようになっていた……




