81話 無数の自我
~【現在より五年前】インペリアルハーツ~
その国の名は……インペリアルハーツ
通称:帝国の心
魔術の国とも呼ばれる、僧侶たちが暮らす国である。
訪れた誰もが、口をあんぐりと開け、驚くという。
そのなかでも、アルキメデス魔法学校は、海か湖とも捉えがたい、湖畔に構えており、その中に浮かぶ島全体が、建物となっている。
そこから橋を繋いでは、招き猫が拱くかのように、橋の随所には、点々として、天使を模した像が建てられている。
どの天使の像にも、顔が施されていない。
どうしてだろうか。
顔のない天使達は、儚く、魅力的で、美しい。
指の先端から、つま先に至るまで、見事な彫刻芸術だった。
石でできているようで、事細かに細部まで彫られている。
はたして、誰が作ったのか。
あのセレストか、それともタダイか。
はたまた、全く異なる人物か。
アルキメデス魔法学校の橋を抜けて、門をくぐり、庭園に向かう。
そこには、二人の人物の姿があった。
マダム・ウィッチとメープルシロップである。
メープルシロップは、その金色の眼差しで、彼女を睨みつける。
反対に、マダム・ウィッチは、微笑んでいる。余裕そうだ。キラリと光る片目が印象的だった。
背丈でいうと、メープルシロップは、マダムウィッチの倍はあったが、階級の差は歴然、この時メープルシロップは「天王子」だった。
それに対し、マダム・ウィッチは、海内女王であり、至高の魔術師として、海内女王にでありがら、強欲の魔術師グリードグリーンにも劣らない、いや、それ以上の実力を持っているだろう。
彼女の異名である紅蓮の魔導天使の由来。
紅の装飾が、彼女の衣服や装飾の至るところに、施されており、魔法を使う時、紅い魔法陣が展開するからである。
「ねえねえ、メイプルちゃん、そんなものなの? うっふっふ」
マダム・ウィッチは笑う時、その深紅の唇を覗かせながら、片目を相手に向ける。
半身になっており、俗一般的な魔女の帽子を深々と被り、片方の目を隠していることが多い。
彼女としても、素性や素顔を知られたくないのか。
秘密主義の一面が顕著に表れていた。
「私は、日輪の剣士となる男だ。
こんなところで、くたばっていられない。
もう一度だ」
メープルシロップの視線は常にマダム・ウィッチに向けられていた。
剣から焔が出ている。
どうやら、メープルシロップは、炎を扱うようだ。
「では、はじめ」
マダム・ウィッチが声を掛けると、メイプルシロップは、待ってましたと言わんばかりに、弧を描くようにして、剣を振りかざす。
一回、二回、三回……
だが、どんな手品か、マダム・ウィッチには当たらない。
マダム・ウィッチは、帽子を掴み、片目でメープルシロップを捉えていた。
――紅い?
「……しまった」
「気づいたようね」
「あなたが、そこに存在しているとき、複数のあなたが存在しているの」
「どいういことだ」
メープルシロップは、剣の腕は確かに一流以上のものだった。
経験こそ違えど、黒の崇高な剣士クロノスことネロにも劣らない実力を持っている。と、自負していた。
だが、なぜなのか。
杖を持った華奢な女性に翻弄されている。
そもそも、マダム・ウィッチは何者なのか?
今までの話を整理すると、インペリアルハーツの海内女王にして、アルキメデス魔法学校の校長だ。
クロノスの会話から察するに、彼女は四権英雄より上の立場の可能性も考えられる。
謎多き女性である。
「はあ、はあ、なぜ、あなたは、四権英雄にならない」
「簡単な理由よ」
「私には、役目がある」
「四権英雄になったら、その役目を果たせないからよ」
「あなたには、いくつある?」
「なにがだ」
「なんでもないわ。今日の特訓は、これで終わりね」
仕掛けるなら今だと、メープルシロップは思っていた。
しかし、動けず。
魔法がかけられていた……
「無念」




