80話 忘却と喪失
~フォーチュリトス 【十五年前】~
「なあ、どうしてなんだ。
あんたさえ、あんたさえいてくれれば……
俺達は、勝てたかもしれない」
何も言わずに去っていくその男の背を、ゾルは見ていた。
イギリアの酒場に行き、酒を浴びるほど飲み、道端で寝ていた。
何度も、彼の去っていく姿が、悪夢と共に、フラッシュバックする。
セオドニア・Ⓑ は、八人で一つ。
八人が一人でも欠けてしまえば、蜂にはなれない。
彼は、ひどく悔しがっていた。
マサメヒも、アシナガも……そして、主戦力だったアレキサンダーとマスタングも突如として、抜けると言い出し、ゾルはどうしたらいいのか、わからなくなっていた。
人間は未知を恐れる。
安寧がずっと続くと思っていた。
四王国にもギルドは多く点在する。
頂点の座に君臨していた
セオドニア・Ⓑ
彼らは、ギルドの条件を満たせず、廃止を余儀なくされた。
当時の、力のあったいくつかのギルド
スーぺリアの鉄十字騎士団
ジ・アイアン・クロス
インペリアルハーツの魔法教団
クリムゾン・ベルベット
頭角を現した少数精鋭騎士団
シー・サス・ツー
そして、ゾルの目に留まったのは、あのヴェルデが創設者である
〈緑の林檎〉
メーラ・ヴェルデ
彼は、当時のギルドマスターから、「セオドニアの緑黄になら、譲ってもいいい」と、その座を託された。
そして、彼は、昆獣林檎の存在を知る。
かつてのセオドニア・Ⓑ では、からくりや機械仕掛けを用いた、蜂の能力の再現を行っていた。
手動の装着型の毒針
可変式ビー・ウィング
六角形の外骨格式装甲や盾、鎧
などなど……
その再現度は、非常に高く。
特に、蜂の顎を再現した、装着型の鉄顎は、マスタングの愛用品である。
彼の異名が、黄檗顎になったのは、そのからくりが由来である。
例え、手を塞がれようとも、縛られようとも、紐を喰いちぎり、足場がなくても、崖から落とされようとも、その顎一つで、何にでも喰らいつく鬼人。
マスタングとはそういう男であった。
セオドニア・Ⓑ が廃止された理由の一つに、強すぎる騎士団との衝突が挙げられる。
騎士団の名は……境界無き騎士団
外海から、集められた十二人の騎士が、猛威を振るった。
無論、相手になどならなかった。
~忘れ去られたゾルの記憶~
「この国の権物をよこせ」
「渡さねえ」
「だいたい、何に使うつもりだ。
力を誇示したところで、承認欲求を満たすための道具にしかならない」
「本当に大事なのは、築き上げてきた安寧。
人々の平和じゃないのか」
「拘束しろ」
「俺の言っていることは、間違って……」
「待ってくれ」
マスタングが一歩前に出る。
「なんの真似だ」
「これが望みだろう」
マスタングは、懐から錆びた剣を差し出した。
「なあ、貴様。莫迦にしているのか?」
「その古びた剣が権物だと?」
「いい加減にしろ」
「貴様ッ」
「そうか……」
「これは、本物だ」
「鑑定士が見れば、一目瞭然」
「騎士王の剣だ」
――アレキサンダー、それだけは、それだけは渡さないほうがよかった
「受け取ったぞ。見逃してやる」
彼らは、その剣を手にすると、空の彼方へと消えていった。
――忘れられない。あれさえあれば、四王国は敗れなかった
その、権物……騎士王の剣。
現在では誰が所持しているのかわかっておらず、普通の人間では、鞘から抜くことすら困難だという。




