73話 林学に於ける若き日のヴェルデの考察
《林学》……セレスティアル歴において、約262年前に起こった学問である。
ある時、若き日のヴェルデは、アルキメデス魔法学校で魔術を学んでいる時、この林学に出会った。
古びた本棚にあったのは、〈異世界の学問〉という本であり、著者は不明だった。
そこには、異世界人が、我々の世界から持ち込んだ学問が、所狭しと書かれており、なぐり書きされた一文。どこの言語かもわからない文字もあった。
異世界言語学に対する研究は進んでおり、スーペリア語とインペリアルハーツ語は、武蘭寿と栄国という異世界の国と一致していることがわかっている。
セレスティアルにおける自然に対するアプローチというものは、あまりなく、動物や植物、微生物に焦点を当てた、生物学こそ存在する。
だが、細胞、遺伝、進化、生態と、いったような、あくまで生物学の範囲内でしか行われず、人体に対するアプローチこそあれど、林学の観点から、植物を追求した者はいない。
林学において、森林の役割には、酸素供給、二酸化炭素吸収、土壌保護、水源の維持がある。
これらが、森林の主な機能だ。
ヴェルデはふと思った。
森林を知れば、植物を知れば、再現できるのでは?
そこから、異名が林帝に至るまで、研究に没頭する。
目的は、魔法を用いた森林の再現。
後に、遅咲きの森を完成させるが、そこに至るまで、苦難な道のりを歩んでいる。
そもそも、温度、湿度、土壌といった、神が計算したかのような環境的要因を再現するなど、実に難しく、魔術に点在する魔法学、咒法学、呪い学……そのどれにおいても、自然の魔法は未知であった。
料理に重宝する炎や、保存に適した氷は、人々の生活を豊かにし、詳しく説明がある。
それもそのはず、自然の力を扱えるなど、当時の人々は考えていなかった。
魔法の全体の学問における、魔法の基礎は簡単な呪文しか載っていない。
なかでも、マジック著の『魔術超基礎編』は、魔力さえあれば、魔法を扱える工夫が凝らされているため、有名である。
ヴェルデも、いくつか本を出版し、自然に対する研究を、世間に公表したが、誰にも認められない。
炎の魔術師からは
「森など、焼き払える。おそるるに足りん」
氷の魔術師からは
「草木を生やしたところで、凍らせてしまえばよいのです」
ヴェルデは、喘ぎ、もがき苦しんだ。
「誰も自然の重要性をわかっていない。自然こそ脅威だ。一番恐れるべきだというのに、なにもわかっていない」
ヴェルデは、激怒した。
実験中の、木々、植物は建材に、動物は狩られ、虫は根絶やしにされている。
「許せない」
ある時から、彼は肌色の物体と人々を認識するようになり、見ることをひどく嫌った。
白い包帯を目元に巻き、盲目者のフリをした。
人間の、器官と言うものはよくできており、体の宿主が、視覚器官を使わなくなると、他の器官が発達するようになり、聴覚や味覚、触角までもが鍛えられていった。
ヴェルデは思った。
『自然とは、実に美しい。
いまや、見た目など覚えていないが、見なくともわかる。
この音、この匂い、癒しになる。
その自然を……動物を、植物を、微生物を、何かもを奪う人間は間違っている。
自然は感じるものだ。
心から、感じるものだ。
その目に見えない形が、全てを形成する。
その姿は、自然の本来の姿だ。
なんて……美しいのだろう』
私は、何処かにいるかもしれない自然の覇者に会いに行く。と、心を決め、その夜、炎の魔術師の頭に火をつけ、氷の魔術師の手を凍らせた。
彼は、魔術師達に言い残した。
「炎も氷も素晴らしい。
気の済むまで、その身で感じるがいい。
だが、自然は更に素晴らしい」
四王国から追放を受けたヴェルデは、小舟に乗せられ、口には、布をふさがれ、手は、後ろで縛られて、身動きが取れなかった。
このまま、海の怪物たちの餌食となるのか。
彼は、怖くないのか。
何を思ったか。
一人笑っていた。
すると……
口を塞ぐ布は、繊維状になり、解けてゆき、腕を縛っていたロープがひとりでに、彼の手から離れていく。
「私達は、自然と共に生きている。
抗えば、牙を向き、寄り添ってやれば、打ち解けられる。
自然とは、そういうものだ」
「おや……なんだ?」
太陽が隠れていた。
長い蛇のようなシルエット、印象的だったのは黄色い二つの眼光。
目元が隠れていても、その視線をはっきりと感じることができた。
その眼光の持ち主は、今に伝わるリュウジンであった。




