71話 メンデレーⒻ
「緑黄」
「・・・」
聞こえていないのだろうか?
ゾルは、一度視線をよこすが無視している。
「聞こえないのか? 緑黄」
ユニムが、声を少し大きくする。
「・・・」
やはり、ゾルはだんまりだ。
どうやら、緑黄とよばれたくないようだ。
「先程の話について、見解を述べたいのだが……」
「なんだ?」
ユニムが、わざとらしく咳ばらいをする。
「メンデレーエフとはなんなのだ」
「メフィストフェレスだ」
ユニムの聞き間違いであるメンデレーエフという人物は「科学の予言者」とも呼ばれ、周期律を発見、当時の未知の元素の予言。
さらには、物理学・化学的性質までを的確に予言したことで、有名であり、我々の世界でも科学界に大きな衝撃を与えたことで、その名が知られている。
なぜ、ユニムがメフィストフェレスをメンデレーエフと聞き間違えたのかは、わからないが、理由があることには違わないだろう。
……話が逸れてしまった。
ところで、メフィストフェレスだが、ユニムに会いたいらしく、ゾルが、ギルドの最深奥と案内する。
途中、光明のレナ、分割のティタインともユニムは会ったが、レナは忙しいのか、簡単に挨拶を済ませ、ティタインのみがついてきた。
どういうわけか、青羊のシツジらしき魔獣と珈琲鷲のトシが入れ替わっている。
いつ入れ替わったのかは、わからないため、不思議に思えたが、彼女たちと会うのは久しく、スーペリア以来である。
ユニム達は《メーラ・ジャッロヴェルデ》に来てから、三日以上の日付が経過している。
そのため、声や顔、背格好、それから、特徴までも、忘れていてもおかしくない程の久しさであった。
実は、試験を受けてからというもの、「変加護」として、ユニムとゼルドは、認められ、「Ⅴ」の勲章を獲得した。
それぞれ、鞄に、右肩に、しまったり、交換したりしていた。
トライデンスからは、おめでとうの声はなかった。
「悪くない」と一言添えられ、ユニムは、反発しそうな勢いだった。
ゼルドはキョトンとして、「悪くない……つまり、良いの反対では?」と、これまたうまい具合に甘言を放つ。
彼、ゼルドに何か、企みや思惑があるのかは知れないが、トライデンスからは、はっきりと、「悪くない」の後に、「信じられん」と付け加えられた。
これは、彼の性質それ即ち、ケルベロス〈獄猋〉になれてしまうこと、ブラッドウルフ〈黒狼……黒いためコクロウ、ブラックウルフとも呼ばれる〉になれてしまうことが、その発言から、裏打ちされていた。
緑黄のゾルも「変加護でケルベロスは聞いたことがない」と、その事態の異常さを仄めかしていたことからも、「信じられん」の発言の真意が読み取れる。
従来から、ゼルドの母親は誰であるのか。父親は誰であるのか。
ゼルド本人も様々な憶測を浮かべていた。
だが、ユニムに対しては、言及されてこなかった。
彼女は、不思議なことに自分の父親や母親について、あまり深くは考えない。
なぜならば、彼女の目的は海内女王になることにほかならず、両親の所在は、重要度が低いのかもしれない。
今すぐに行うべきことから、外れており、彼女はいつも階級を上げること、強くなること、情報収集の三点を念頭に入れているようであり、それ以外は、二の次となるようだ。
それにしても、メフィストフェレスの名は、まことしやかであり、悪魔なのか、女王なのか、蜂なのか。
ユニムにも、疑問となる点が多くあるようだった。
もし、悪魔であるのなら、人以上の存在。
もし、女王であるのなら、階級海内女王は確実。
そして、蜂……海内女王なのか、繁栄蜂なのか。紛らわしくもあった。
もし、繁栄蜂ならば、あのマスタングが黙っていない。と、思われたが、マスタングは、固執しない男である。
階級が高いからと、強さを見せびらかしたり、階級を利用して、一攫千金などなど。
なかには、ずる賢い者もいるようで、階級試験詐欺、階級詐称、勲章強奪、勲章を偽造して売りつける。といった、犯罪行為、所謂、王法に違反する行為も見受けられるのだとか……
どの国にも不届き者はいるため、階級試験の詳細は公に語られないのだ。
暗黙の試験といったところだろうか。
さて、ユニムの疑問についての話であった。
もし、二番目の疑問――もし、女王であるのなら、階級海内女王は確実。
これについてだが、説明を付け加えるなら……
フォーチュリトス 黒拳のアルジーヌ
アダマス 赤手空拳のコマイ
インペリアルハーツ 紅蓮の魔導天使 マダム・ウィッチ
スーペリア 悪魔女王蜂メフィストフェレス
ユニムは知らないが、実は、メフィストフェレスは海内女王である。




