68話 尸か志か
「ゼルドだけ変加護なのだ……悔しいのだ」
ユニムは、膝に握り拳を作り、悔しさを露わにした。
「あの……質問なのですが、呪文や呪い、また、詠唱はどのように違うのですか?」
「いいだろう。俺も賢者の端くれだ」
「三日前、ゼルドが見せた。謎の詠唱、内容こそ炎に関するものだったが、それが起因となり、ケルベロスとなった。だが、誰でもその詠唱を行えば、ケルベロスになれる訳ではない」
「ど、どういうことですか?」
「第一に、魔人の素質、魔人の遺伝子がなければ、変化することはできない。よって、ゼルドには、魔人の遺伝子が……」
「ちょっと待ってくださいよ。ぼくは、奴隷なんです……確かに、父親も母親もわかりません。ですが、魔法を使えたわけではないですし、そもそも、魔人の素質でしたっけ? それは、ファングさんの血液を口に含んだからであって……」
ゼルドは理論的に、なおかつ具体的に、自分について簡潔に説明した。
トライデンスは、ゼルドの装飾を見つめ、少し違和感を抱いた。
――どこかで見たことあるような。ないような……
虫の知らせか、気の所為か、思い過ごしに違いないと思ったので、再び、ゼルドの話に耳を傾けて、最後まで聞き終えると口を開いた。
「第二に、呪いは、簡潔な単語が多いのに対して、詠唱は、文章であることが多い」
「何らからの意味を孕んでいたり、詩のようになっていたり、種類も言葉も様々だ。また、四王国には、それぞれ言語があるが、民によって用いる言語も異なる」
「そのため、同じ魔法、効果でも異なる言葉であったりする。以上でよろしいか?」
「そうだったのですね……ところで、ユニ厶様は?」
「すまない。何の話だ?」
「金髪、わたしはまだ、変加護ではないのだ」
「何を急ぐ必要がある。まだ青二才だろう」
「わたしは、十二歳なのだ。かつ、男ではない」
ユニムの返しが気に入ったのか。表情が綻ぶ。
「戯言をほざいていたな。開催女王になりたいんだったな。つかぬことを訊くが、何を開催したい」
トライデンスは、そっぽを向き、ユニムの反応を伺っていた。
「この期に及んで、何を言っているのだ」
トライデンスは、したたかに笑う。
――そう言うと思った
「俺は、セレスティアル語を話している。他の言語がいいか?」
「何がおかしいのだ。そういうことではない。わたしは、海内女王になりたいのだ」
「ほお……狛犬のようになりたいと」
ユニムの脳内に「?」が浮かんだ。
「……アダマスの海内女王、コマイ様ですね」
「フォーチュリトスの海内女王が、黒拳のアルジーヌ様なら。アダマスの海内女王の異名は、赤手空拳ですね」
「赤手空拳」とは……?
何も持たずに戦い抜き、何も持たずに勝ち取った者に与えられる、孤高の戦士の二つ名である。
「とはいえ、それぞれ使う武術が違うからな。お門違いかもしれないな」
ゾルは、拳を作って、いわゆるファイティングポーズの構えをとった。
ゾルは、下に行っていたが、しばらくして戻ってきたのだ。何をしていたのかは、わからない。
「緑黄……様になっているな。黒拳ならぬ、緑黄拳だな」
「トライデンス……やめてくれ、リョク、オウサマにも聞こえる。俺は、博愛級だ。王様なんて柄じゃない。アレキサンダーが懐かしいな……」
――エクスの父上の名前、なんでゾルさんは国王に対して、礼を尽くさないのだろう
ゼルドは1人疑問に思っていた。天地国王のアレキサンダーに対して、彼は、アレキサンダーと、名を呼び捨てた。
ゼルドからすれば、かなりおかしなことであり、自分よりも強い人間や階級が上の人間を敬うことは、至極当然のことであり、人差し指と親指を顎に添えていた。
所謂、考える人のポーズである。
「失礼した。ゾルでいいか?」
「ユニムだったな……名案がある。俺の電撃を防いでみろ」
ゾルとゼルドは、目を丸くする。
この賢者は何を言っているのだと。
「あの、ちょっと待ってください」
「なぜ止めるのだ。今日は待ってくれないのだ。明日、また明日と後回しにすれば、いつまで経ってもわたしは、正義を志した者のままなのだ」
「そ、そうなんですが……」
ゼルドは、ふと疑問に思う。
――あれ?おかしいな士正義って、正義を志ざす訳ではないけれど、なんでユニム様は、士正義を志正義と解釈しているんだ?
「正しい。実に正しい。今なんと言った」
「志正義だ」
「その昔、面白い賢者がいてな。その者は、士正義は間違っていると言った」
「どういうことですか?」
「士という字は、騎士を表すが、誕生にて、生きる意味を見いだし、志したのだから、正しくは、志正義ではないのか? と、言っていたな。誰かは、言えんが。こうも言っていたな。『その証拠に同じ漢字が入っている』と」
「興味深いですね」
「所詮、戯言だ。魂も尸も同じだろう」




