66話 影の囁き
どんな人間であれ、悩むものだ。歴史に名を残した偉人たちだって、成功するまでは、悩んでいたに違いない。
どうすれば、この問題が解決できるのか。誰にもきけず、わからない答えを考えては、悩み、大海原の底に眠る宝玉を探すに等しい行為を行っているユニムだった。
悩みとは、無尽蔵にある。
煩悩の数は、百八。
海内女王を目指す彼女でさえ、ゼルド君が起きないので、一人悩んでいた。
自分の力について。
今後について。
どうすればよいのだろう。と、悩んでいた。
ゼルドは、ケルベロスになった……訳がわからない。モフモフだ。などと言ってる場合ではなくなった。彼は、なんの因果か、どんな経緯を経たのか、知れないが、冥府の番犬と成り果てた。黒い体毛、青き炎を纏って、何かを護っていた。でも、何を護っていたのか。一向にわからないのだ。
わたし……?
とは、考えたが、わたしは、誰にも襲われていない。
せめて、敵が現れたのなら、いきなり、あの伝説の魔王が現れたなら、彼が冥府の番犬になるのも納得がいくのだが、突然呪いか、詠唱か、知らないが、ブツクサ言っていると思ったら、凄まじい速度で毛が生えてゆき、辺り一面の空気が蜃気楼になるほどの、焔を纏った。
そんな秘密は、聞いたことがない。仲良くなれたと思っていたのに。わたしに秘密を隠していた……
彼は、言えなかったに違いない。黒い狼になったときから、気づくべきだったのだ。
これは、おかしい。
大体、血液を口に含んだくらいで、魔人になり得るのか?
あり得ないではないか? と、ユニムは思っていた。
すべては、彼のゾルの謎の発言に対する頷きから始まった。ゾルのせいだ。と、ユニムは思い込み。ゾルに平手打ちをかましたが、ゾルは何も言わずに、下の層へと降りていった。
トライデンスの発言もおかしい。
合格だと? 何を言っている。
まずは助けるべきではないのか。何を黙って見ているのか。
わたしは……わたしは、助けに行ったのに。
誰も何もしないのが、理解できなかった。彼女は、気づいた。何もしなかったのではなく、何もできなかったのではないか?
だが、あの褐色の金髪は、賢者ではないのか?
賢いのだろう?
熱かった。手の感覚がなかった。
わたしの体は、無我夢中でゼルドを助けようとしていた。
ユニムが小さい頃、熱湯を頭から被ってしまったことがあった。
普通なら、大抵の場合、大火傷をして、跡が残る。
また、年齢も幼いのだから、泣き喚いて当然だ。
それは、防御反応であり、助けを呼ぶ、人という種族に刻まれた。古来よりの、本能的な条件反射。
だが、彼女は、熱湯をかぶったことに気づかず、下を向いていたと言う。
おじさんことマスタングが、その騒がしい音に気づき、やってくると、ユニムは、笑っており、ユニムの足元の周りを円のような形で、熱湯の水溜りができていたと言う。
その頃から、ユニムの周りでおかしな事象はつづき、マスタングはユニムには、知らせずに見守っていた。
彼女は、一人で旅立ちをする前から、おかしいとは思っていた。
物が宙に浮く。
生まれたときから、青い髪。
無論、マスタングもマサメヒも青い髪ではない。
間違えて、オルダインに行ったとき、ずっと視線を感じていた。
後ろに誰もいないのに、自分が止まると、聞こえなくなる足音。
オルダインがおかしいのかと思ったが、今思えば、ゼルドは、わたしを不思議そうに見つめていた。
あれは何だったのだろう。
顔のない、歩く人影。
その人影は浮いていた。
怖くはなかった。
影は、わたしに触れて、ゼルドに会わせてくれた。
影は、魔人なのか?
一方、ゼルドは寝たままだ。すぅーと、わずかながらに寝息が聞こえる。
ユニムは、寂しいので、寝たふりをしているのかと思い、髪をわさわさした。
名前を呼んだ。何度も呼んだ。
朝早起きして、新聞を持ってきて、読み上げても、彼は起きなかった。
このギルドにも、もちろん医療処置室はある。
簡素な木のベッドがあり、土の上から、直に置いてある。
ユニムは、物思いに耽っていた。
自分の泥のついた小さな掌を見て、自分に問いかけてみるが、海内女王になるには、一人ではなれない。
仲間が必要なのではないか?
指を一本ずつ折りたたんでゆき、数えては、最後には、握り拳を作った。
助け合ってきた仲間達、ゼルド、おじさんことマスタング、ゼルドに似た、エク……レア? ……エクなんたら、エクなんたらのお父さん、アルジーヌちゃん、白河童、ファング、黒剣士、校長、二枚目の黒剣士の息子、ドロドロのサターン、
ふと、彼女は、思った。
彼ら、彼女らは、どのような人生を歩んだのか。
わたしは、おじさんとおばさんに育てられて、甘やかされていたのではないか。
ゼルドは、七年もの間。過酷な思いをしてきた。
だから、わたしが助けてやらないと……
と思ったが、これ以上わたしがゼルドと一緒にいても、足を引っ張るだけなのでは?
わたしもいっそのこと、魔人になれば……
そのことをトライデンスに……ユニムは、金髪と呼んでいる。
彼に伝えると、厳しい一言を発せられた。
ユニムは、ギルドの便所に籠もると、一人虚しく泣いた。
唇を噛んでも、頬をつねってもやはり痛みというものは感じる。
これは夢ではないことの何よりの証拠。
もし、夢の中にいたとして、どうやってここは夢の中だと証明できるのか。
今は、そんなことは、どうでもよかった。
「ゼルド……」
数時間後、彼女は、トライデンスとゾルのもとへ行く。
そして、61話の球体的時間に繋がる……




