63話 我は牙王なり
――伝説の扉が、今、静かに開かれる。
「何者だ。入国の許可は得ているか? いずこの国の者だ? ここはフォーチュリトス王国。隣国アダマスの間者か? あるいは、インペリアルハーツの魔術師か……否。騎士の姿か。まさか、貴様は……スーペリアの者か?」
「ずいぶんと注文の多い料理店だな。ファングはどこにいる?」
「問答無用。貴様、名を述べよ。無法者め」
「……では、貴様は無礼者か。この御方を誰と心得る。我が名は、ネクロスキー卿。死と空を統べる者にして、世界皇帝の忠臣。我が主の御前にて、ひれ伏し恥を知れ」
兵士はその言葉に息を呑み、すぐさま砦へと駆け戻り、門を開いた。
ゆるやかに、一匹の猫と、二人の冠を戴く高貴な者たちを従えた男が歩みを進める。
その足取りは重々しく、地を揺るがすかの如き音を立てていた。
なぜならば、その身には、圧倒的な存在を物語る数多の権物が携えられていたからだ。
右手には戦槌、背には皇剣、左手には獅吼の弓。
かの者はまさしく、戦の申し子、力の化身であった。
「黒金の盾、お持ちいたしましょうかにゃ?」
「……宰相、わからぬか?」
「恐悦至極にございますにゃ」
男は黄金の髪を持ち、その眉もまた金色にして、蒼天を映す宝石の如き眼を有していた。
その瞳は、まるで未来を見通すかのように輝き、全身を包む白き鎧には、金の紋様が繊細にして重厚に施されていた。
鎧の胸部には、ひとつの金文字――「牙」の字が燦然と輝いていた。
よく見ればその文字は、「+」の記号を複数組み合わせて形作られた意匠。
すなわち、「加」すなわち力を口に加えるという意――牙の象徴である。
彼は口を開いた。ちらと覗いた犬歯は、獣のそれ。
その姿に、人々は思う。彼は――
魔獣か。
吸血鬼か。
蛇か、狼か、黒豹か、白虎か。
あるいは――リュウジンか。
ひとたび息を吸えば、空気が震え、肩が静かに持ち上がる。
彼の瞳が一点を射貫くと、場に漂う気配さえ変わった。
「一に歯あり、二に刃あり、三に参りし――我は、牙王なり」
右腕には「世界」の二文字、左腕には「皇帝」。
右手の三指に「無」「限」「界」、左手の親指と小指に「修」「羅」の文字が刻まれていた。
右手を掲げれば――世界無限界。
左手を掲げれば――皇帝修羅。
手を組み合わせれば、それは「無限界なる修羅の道」と化す。
その歩みを横から見れば、「世界」「皇帝」――彼が何者であるかが、すべてを物語っていた。
男は、猫――宰相へと問いかける。
「ここは、平和なのか?」
右手を掲げ、二本の指で示す――いわゆるピースの形。
「……はて、何の真似でしょうにゃ?」
男は、わずかに微笑み、静かに言った。
「平和を造ると、無限になる」
「……さすがですにゃ。牙王さみゃ」
これは、ひとりの男が新たなる世界に足を踏み入れた瞬間である。
世界を統べる者――その名は、ライオネル。
今、静かなる嵐が地を歩みはじめた。




