61話 球体的時間
――意識が浮上する。重い、鉛のようだ。全身が石のように沈み込んでいる。
「つまるところ、そのような仮説が浮かび上がった」
ゼルドの耳元で、誰かの声がこだまする。
――体が重たい。まるで石にでもなったかのよう……あれ? ここは?
瞼の裏にかすかな光が差し込む。聞き慣れた声がする。
「トライデンス、俺は昆獣の話をしている」
――ゾルさんの声? 昆獣……? いや、“コンジュウ”? 言い間違い? まさか“昆虫”のことでは?
「……魔法と機械の融合だ。そこに時間を加える。すると……」
――“機械”? ……ああ、電気石のことか
「……あの、電気石は反応していませんよ」
ゼルドの呟きに、空気が一変する。
三人の動きが止まり、硬直する。トライデンス、ゾル、ユニムの三人が、同時にこちらを振り向いた。
「……喋れるのか?」
ゾルが、床を滑るようにして近づいてくる。鋭い視線が注がれる。
「三日三晩、寝ていたんだぞ」
ユニムが、静かに眉をひそめる。彼女の声に、どこか安堵の色が滲んでいた。
「……あんな詠唱、どこで覚えたんだ? 新聞が好きだという話は聞いている。“変加護”のゼルド、だったな」
「まあ……誰もが、先駆者になれるからな」
ゾルが肩を竦める。冷えた空気の中で、わずかに笑ったようにも見えた。
◆「変加護のメイ」について
その加護は特殊な条件を持つ。
詠唱を行い、対象を外敵から護る。
あるいは、知恵を振り絞り、工夫と変化によって己・仲間・味方、時には弱者を護る。
それが“変加護”――その本質である。
「先ほどの理論に対して、反駁する」
ユニムが、右手の人差し指で空中に線を引く。
「時間とは、川の流れのようなものだ。つまり、一直線。不可逆的な流れである」
「いや、少し待ってください……時間はそんなに単純じゃないです。いくつも枝分かれしていて、木の枝みたいになっていて……人生って、選択の連続なんです。で、えっと……確か、“あのネ……”」
「“ネ”?」
「……なんでもないです」
ゼルドは、しまったと思った。俯いて唇を噛む。
「何か隠しているな。……そうか。猫が好きとはな」
――え?
「勝手に話を進めないでください。猫が好きなのはユニム様ですよ?」
「“猫”とはなんだ? わたしは知らないのだ。どんな鳴き声なのだ。ワンか? コケコッコーか? メェか? ニャアか?」
「いや、知ってますよね? ユニム様が冗談を言うなんて、天変地異が起きてしまいますよ」
「それは、“杞憂”というものだ」
「……よくご存じで」
「鼻が伸びるな」
「いえ、“高い”です」
~アダマスの金剛城~
城の天蓋は透明な鉱石でできており、昼も夜も、空が歪むことなく映し出されている。
漆黒の床に、星のような光が点々と揺れ、遠くの方では水の流れる音が反響していた。
その中央。二人の巨人が立っていた。
「……ああ、国王。何をしておられるのです」
一人目の男は三メートルを優に超え、白い羽衣を身に纏っている。左手には、布で丁寧に包まれたヴァジュラの剣を携えていた。鋭い眼光が、辺りを静かに制している。
「うん。オイラもそう思う。イヨオオ」
二人目の男も、同じく巨躯の持ち主。右手に持つヴァジュラの剣は、布に覆われておらず、金属の光を放っている。声音は明るく、口元には笑みが浮かんでいた。
「アギョウ、ウンギョウよ。ご苦労。……ってよ。足の速い人だな」
「四人で相撲でもとるか? ええ?」
この城には、アダマスの天地国王・白胡椒と、海内女王・コマイが居住していた。
アギョウとウンギョウは彼らに仕える右腕と左腕。陰と陽、光と闇、羊と狼――対をなす存在であり、偶然にもこのとき、城内に居合わせていた。
そして――いつの間にか、そこには四権英雄ネイビスの姿もあった。
「ところでのお、師匠と何をしておったんじゃ?」
「タツ、師匠が提唱した“時間球体論”によれば、時間を生み出すことが可能だという話だ」
「……莫迦莫迦しいのう。どういうことじゃ?」
「これまで、時間という概念は――太陽の動き、月の満ち欠け、昼夜、潮の干満といった現象から、存在を“仮定”されていた。
だが、時計の発明によって、その仮定は変化した。“時間”は物理的な測定対象となり、人々の生活を支配するようになった」
白胡椒はそう語り、片手で宙を撫でる。
「急かされ、焦り、無駄にしたと嘆く。セレスティアルの民は、そういう風に考えるようになった」
「……なるほど。“外側”の民らが60進法を採用したゆえか」
「そうだ。だが、この世界の始まり――セレスティアル――の起源は、誰にも分からない。
その時、時間は、果たして存在していたのか?」
沈黙が訪れる。
その場の空気が、凍るように静かになる。
「……ああ、そうですね」
「うん。オイラもそう思う。イヨオオ」




