6話 黒髪のゼルドと白髪のエクス
ここは、王城街「ウノ」
ユニムとゼルドを1人の男が行く手を遮る。
ユニムはその男の顔を見て、ゼルドとその男を見比べた。信じ難いことに、2人は瓜二つであった。
「あんたは………だっ、誰なんだ。な、ゼルドが、2人――」
驚いて、声が裏返るユニム。
「違いますよ。ミ・キアーモ、エクス」
「呪文でしょうか」
まるで呪文のようだが、彼は私はエクスと言っただけだ。
「呪文?何を言っているのです。まさか、フォーチュリトス語を知らないのですか?」
「これだから常民は………」
「おっといけないですね。私の悪い癖だ」
「いいでしょう。2人の為に、わかりやすく言いますね」
「私は、エクスと、言いました。エクスは名前です」
「私こそ、この国の天王子」
「見かけない顔ですし、1人は奴隷ですか………」
「あれ?私にそっくりだ」
「勘弁してくださいよ。奴隷と同じだなんて………」
ゼルドは、肩の勲章には目もくれず、ユニムと同様に、エクスの顔に驚いてしまった。
目が点になってしまう。人は本当に驚いた時、見つめてしまうものだ。
奴隷と差別されることは慣れていたので、ゼルドとしてはどうでもよかった。
「そうでしたか」
「驚きました。エクスさんといいましたね」
「なぜ、あなたは僕と同じ顔をしているのですか?」
ゼルドは、目や鼻、口を何度も見返すが、鏡を見ているとしか、思えない。
だが、エクスの髪は白かった。
「でも、髪は白いんですね。もしかして、それも魔法なのですか?」
「でも、僕に化ける理由って………」
――無意味じゃないですか?
と、言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
「魔法ではありませんよ」
「――直にわかります」
ぼそっと呟いたため、ゼルドには「魔法ではありませんよ」しか聞こえなかったようだ。
「えっと、奴隷さん?」
「あなたは、おいくつでしょうか?」
年齢を聞かれたゼルド。エクスのアクセントがおかしかった。
この街「ウノ」独特の訛りだろうか。
それとも、普段から、フォーチュリトス語を話しているのだろうか。
「おいくつ?ぼくは、12歳です」
「そうでしたか――名前は?」
「ゼルドと言います」
ユニムの視点からは、エクスが背中に隠して刃物を持っているのが見えていた。
エクスは下を向き、手を後ろに隠した。何をするつもりか見当がつかないが、ゼルドの名前を聞いてから、動揺しているのが見て取れた。
それに気づいたユニムが、横からゼルドの肩を思いっきり押した。
「ゼルド。危ないぞ」
ユニムが、ゼルドを押すと………
摩訶不思議、なんとゼルドは宙へと舞い上がった。
高さにして、おおよそ5メートルほどだ。
「え?え?え?僕、浮いてますよ?」
「わかりました。天王子のエクスさんが………」
その間エクスからナイフが投げられた。
――やっかいだ
「…気づきましたね。どうやったんです?ゼルド――」
「私の攻撃を予知し、浮遊魔法まで使いこなす」
「そんなことができるのは、賢者だけですよ」
「なぜ、ここにいるんですか?」
「なぜかと聞かれれば、答えるまで、もちろん階級試験を受けるためです」
「ここでくたばるわけにはいきませんので」
「わ、わたしは何もしていないぞ」
エクスは心に念じる。
――この少女が?格好からしても、常民じゃないか。ゼルドを天地国王に報告する必要がある
だが、ゼルドは浮いたままである。
「降りてきてくださいよ」
「ユニムさまぁ。おろしてくださいよぉ」
再び、エクスは念じる。
―――試しているのか。試されているのか。わからなくなる。降りてきたところを、蹴りあげるつもりでいた。バレていたか。
「お見通しなんですね?」
「今は階級はいくつなんです?」
「誕生のチーマです」
「え…賢者じゃないんですか?」
「そんなわけないじゃないですか。妄言は、もういいかげんにしてくださいよ」
「ぼくだって、早く降りたいですよ。それに賢者だったら、とっくに降りてますって」
どうしようと慌てふためているユニムが、両の手を合わせ、祈る。
すると、宙からゼルドが落ちてきた。
「あ」
「あ…」
「え?なんですか?」
ゼルドはそれに気づかず、急降下すると、地面スレスレでゆっくりになり、顔面から落ちた。
「ぐはっ」
顔が赤くなっている。鼻血は出ていないようだが、痛そうだ。
「わ、わたしは何もしていないぞ」
「いや、してますよ。おそらくですけど」
「なんのこれしき………と思いましたが、痛いですね。」
ゼルドは余程痛かったのか。半泣きになる。
先程から、様子を見ていたエクスだったが、苦笑していた。心の内を明かしたくないのだろう。
ゼルドもエクスも似た顔をしているが、ユニムはその2人の微笑みを見て、悪くないなと感じた。
「ゼルド、なんでだ」
「な、なんですかぁ。ユニムさまぁ」
「なんで似ているんだ。と言っている」
「ああ、それですか。えっと、その、ほら、よく言うじゃないですか」
「世界には、自分と同じ顔の人間が3人いて、で、えっと〜その顔を見てしまうと………あれ、どうなるんでしたっけ?ほら、シュレディンガーみたいな。あの………」
「ドッペルゲンガーだろ」
「よくご存知で」
「その若さで天王子?いいですねえ」
「僕もなりたいなあ」
ゼルドがユニムに目配せする。
「簡単な話ですよ。私は、天地国王の息子ですから」
「先程、チーマと言いいましたね。頭が高いですよ。常民」
「へーそうなんですかー。え?え?聞きました?ユニム様。もう一回聞きます?」
「常民ですって。この方を誰と心得ますか」
「どういうことですか。意味がわかりません」
エクスが反発する。
「先程の奇術は、このユニム様が行ったに違いないですよ」
「この次期賢者ユニム様が目の前にいるのに、頭が高いって、どーゆーことでしょーね」
あなたのここ、大丈夫ですか?と、ゼルドは頭を左手の人差し指で示して、煽る。
エクスは握り拳を作り、歯を食いしばった。彼は間違いなくイラついている。
「貴様………」
――その減らず口はなんだ。
と、言いかけたが、賢者の前では無礼だ。ここは冷静に。先程の奇術はまるで魔法のようだった。どんな仕掛けか、わからない。
ひょっとすると、なんらかの素質があるのかもしれない。その次期賢者を差し置いて、なんだ。このおまけは。
口は達者だが、大概にしろ。と言いたくなるのをこらえ、エクスは胸の奥にしまっておいた。
そして、エクスは二度咳払いをした。
「………これは失礼。女性に名前を伺っていませんでした。お名前は?」
「ユニムだ」
「ユニム様とそのおまけさん。ついてきてください」
「私は………」
ゼルドがユニムの口を塞ぐ。そして、囁いた。
「ぼくにいい考えがあります。お静かに」
エクスについていくと、賑やかな街を歩きながら、堪能することができた。
街からは、とろけるようなチーズの香りや、フレッシュな野菜の香り、何かを炒める音や、テラスでパスタを頬張る子供達、よく見てみると歯が黒くなっている。イカ墨パスタでも食べたのだろうか。
おっと、なにやら上品な匂いがする。葡萄酒だろうか。それに気づいたユニムが、すかさず声を上げる。
「いい匂いだぞ」
「そうですね………次期賢者ユニム様はおいくつなのですか?」
「12歳だ」
――ゼルドと同じだ
「誠に残念ですが、未成年の飲酒は固く禁じられております。故郷への土産でしたら、別ですが………」
「うーん」
ユニムは、何か考えていた。
広場のような場所があり、氷の女神の像から、水が溢れ出ていた。作りは、噴水に似ている。
「これ、なんですか?エクスさん」
「知らないのか。おまけ。
「教えてやる。
「セレスト作。『天地創造の女神像』だそうだ」
「セレスト――?誰ですか?」
「そんなことも知らないのか。芸術家にして、賢者。セレストの魔法によって、この像は作られたのだ」
「へぇ〜そうだったんですね」
――なぜ聞いた。本当に知らないのか
眉間に皺が寄っているエクス。
~10分後~
しばらくして、おそらく石だろうか。古びた門が目の前に現れた。
「着きました。次期賢者ユニム様」
「そのようですね」
「おまけは黙ってくださいよ」
♧Outview:王城街「ウノ」
このフォーチュリトス王国において、一番発展している街ではないだろうか。
随所に川が流れており、水の都とも呼ばれる。
フォーチュリトス王国は自然がそこらにあることから、農業が発展していったと考えられている。
また、海に隣接していることからも、海に夢を持つ者も少なくない。
〈特産品〉
☆フィオーレ・チーズ…1
☆カンターレ・トリュフ…2
☆メラヴィリオーゾ・オイル…3
☆カステッロ・ワイン…4
☆クラーケンのネーロ・デ・セッピア風パスタ…5
etc.....
※1黒縁が花の模様になっている、フィオーレ牛から取れるフィオーレ・ミルクは、汎用性が高く、料理にも、もってこいだが、チーズに加工することで、生まれ変わる。
私のおすすめは、一つに絞れないのが誠に残念であるが、焼いたり、ディップしたり、ブレッドの上に乗せて焼くことでも、美味しく召し上がれる。もちろん、そのままでも美味しい。
フィオーレ牛の独特の花の香りは、私達を花園にいるのではないか。と、錯覚させるだろう。
※2カンターレ・トリュフは、珍味としても知られているが、食べるだけで歌が上手くなる。本当かどうかは、確かめるしかない。
農民の国として知られるフォーチュリトス王国だが、音楽発祥の地でもあり、食品や、芸術、音楽の都でもある。
セレストという賢者は、随一の芸術家であり、創造性に溢れていた。ウノの中心にある噴水の像、溶けない女神の氷像は、「天地創造の女神像」とも呼ばれる。セレスト作として、名高い。
観光名所や、待ち合わせ場所としても有名である。
※3メラヴィリオーゾ・オイルは、この街の住人が日常で一度は見かけるであろう。一家に一つあることは間違いないだろう。
それほど、街の中で浸透している。
調味料としても優秀だが、一部の人々は、飲み物としても用いるらしい。これは噂程度の話なので、信用しないこと。
※4カステッロ・ワイン
騎士の住まう 剣の国「スーペリア」でも、僧侶の住まう 聖杯の国「インペリアルハーツ」でも、今も尚用いられている。
全国で有名なカステッロ・ワインは、祭り、宴、祝い事には必需品であり、一年を通して、購入されることが多い。
かつてのフォーチュリトス王国の天地国王が、「この城をこのワインで埋めつくしたい。」と言ったことから、カステッロ・ワインと名付けられた。そのことからも読み取れるが、カステッロとは「城」という意味である。
※5最後に紹介するのは、海の怪物「クラーケン」のネーロ・デ・セッピア風パスタ。あまり聞こえはよくないが―――
味は保証する。
ぜひ、一度味わっていただきたい。クラーケンの墨の濃厚な味わいが、食欲を唆る。食べだしたら、止まらないだろう。
それでは、アリヴェデルチ。