53話 貴方に覚悟はありますか?
「無駄です。これも、これも、無駄な動きですね」
「荒削りでは、消耗するだけですよ」
「魔人の力を手に入れたのに、それだけですか」
――どうして喋れるんですか、師匠。私に喋る余裕なんてないのに。だからこそ、凄い。戦って、始めてわかる。その凄さ
「質問です。パープレット君、炎から酸素を奪うとどうなるでしょう」
それは、考えなくても、案ずるよりも早くパープレットは、わかっていた。
彼は、呼吸をするのに必死であり、この場において、喋る暇などないはずなのだが、師匠であるヴェルデは、余裕そうな顔つきを浮かべては、正確な手捌きで、焔を相殺し続ける。
――触るどころか。近づけません。どうしたらいいのでしょう。でも、師匠は言っていましたよね。考えるより先に動くこと。私は、もう考えていません。体に身を任せ、荒削りでもいいから、近づきたい。もっと、速く。更に、速く
学習能力。それは、失敗から、学ぶことである。
それを繰り返して、人間は成熟していくものだ。最初から、成熟している人間がいたとしたら、それは、記憶の残したままの生まれ変わり《転生》だろう。
そんなことより、学ぶ姿勢、学ぼうとする姿勢は、なにより重要視される。いつの時代も、どんな場所でも、学ぶことで、地位を得られる。
それが、部族の長であったり、軍隊の軍曹であったり、国の国王、女王であったり、伝説として、語り継がれる英雄であったりと、彼等は、群を抜く。
パープレットは、気がついた。
自身の肉体や、先端から放たれる焔の連続攻撃に対して、強欲の魔術師グリードグリーンは、片手で牽制している。
片手といっても、手を交互に使っているわけではなく、利き手ではない左手、こちら側から見て、右の手だ。
まるで、それは川が流れるかのように滑らかな動きで、焔を受け流している。
その動きは、踊りのようであり、彼が発言していた。「心思うまま遊びましょう」を体現しているかのようであり、パープレットとしても、遊ばれているのではないか?と、訝しむほど、焦ってしまうほど、混乱してしまうほど、彼の焔は、煙をあげながら、燃え上がっていた。
この男は……本当に何者なんだろうか。
強欲……という異名がついているが、強いのは欲はもちろんのこと、勝とうとする欲なのではないか。
また、力そのものまでもが、常人のそれを逸している。
「パープレット君、落ち着いてください。いいですか。あなたは、本当に四権英雄になりたいんですか?」
――え?なぜ、今そんなことを
「全てを捨てる覚悟はありますか?国の民全員から、嫌われる覚悟はありますか?愛する人を捨てて、勇者のために全うする自己犠牲はありますか?いつか死ぬかもしれない恐怖に耐えうる覚悟はありますか?もう一度訊きます。あなたに覚悟はありますか?」
腕を振り続けて、止めずに、考え続けた。
――そうだ。私には、覚悟が足りなかったんだ。これは、授業のようなものなのだ。師匠は私に教えてくれているんですね。問を設けて、私に説いてくれている。私としても、気づくのが遅かったかもしれませんね。
「証明してみせますよ」
焔が全てかき消される。上空から、雨が滞りなく降ってきたのだ。
ただの雨ではない。
自然の魔法によるものだ。
「複数の物事を同時に処理することは不可能です」
「脳がふたつなければ、できないでしょうね」
「マルチタスクというものは、同時に処理しているように見えて、交互に行っているにすぎません」
「所詮、人間は、人間なのです」
「魔人というか変化が幸運をもたらすのか、不幸をもたらすのか」
「あなたには、わかりますよね?」
――今しかなかったんです
炎の矢が、グリードグリーンの足を掠める。
「いいじゃないですか」
グリードグリーンは、拍手をしている。徐々に音が小さくなっていく。
パンパパン……
「素晴らしい。憤慨はありましたか?」
「いえ」
「今こそ、怒る時です」
「憤怒の魔術師パープレット……なんていかがでしょうか」
「私は、怒ったりはしませんよ師匠」
「あなたに自然の魔法の真髄を伝授しましょう」
「ありがたきお言葉……」
パープレットは、惨敗したものの触れることには、成功した。
目元を手でぬぐうが、その口元は、少しばかり緩んでいた。
「師匠、我々魔術師は、なんのために存在しているのでしょうか」
「魔法や魔術の可能性を広げるためです。古い魔法は廃れていき、常に新しい魔法が確立されていきます。その命運を握るのが私達、魔術師でしょうね」
5年と半年、パープレットが修行に費やした時間である。
彼は、自然の魔法を使いこなせるようになり、四権英雄となっていた。
~そして現在に至る~
グリードグリーンの腕が何者かに掴まれた。
「間に合ったようですね」
「ずっと様子を伺っていました」
「これ以上は指一本たりとも触れさせまんよ」
「今の貴方には、覚悟はありますか?」
「少なくとも、私にはありますよ」
「パープレット君わかりました」
「私は、大人しく帰りますよ」
「ネイビス君によろしく伝えてください」
「そのうちやって来ますから」
グリードグリーンは、土の中に潜っていった。




