37話 黒狼と鶴嘴
すると、ゼルドは心の底から力が湧いてきた。
そして、なぜか今のゼルドは人の言葉を話すことができた。
相手に聞こえないように、ゼルドはひそひそと話す。
「ユニム様、御存じですか?オブシディアン・スライムはツルハシに弱いんです」
「どこにスライムがいるのだ」
「えほっ、口の中がじゃりじゃりするのだ」
「寝てるときになにか食べたんじゃないですか?」
先程まで、口の中に魔人サターンが入っていたことをユニムは知らない。
ユニムは仮眠を取ったことで、頭が少し冴えていた。
「世も末ではないか」
「いや、あの、はい」
「もし、ツルハシがあれば………」
ユニムは辺りを見回している。
あることに、気がついた。
ゼルドは、汗をかいて消耗している。ということは、目の前の黒いユニムと戦っていたに違いない。電気刀剣も握っていることから、それらが伺えた。
だが、この「ル・シエル・ド・ルテティア」の様子がおかしかった。どこをみても、例えば、天井、壁、床にひとつも傷がついていないのだ。天井は、届かないので、傷がついていないのは理解できるが、机や椅子、備品に至るまで、この狭い店内で暴れまわったはずなのに、何も壊れていない。それはまるで、幻想のような、夢のような感覚。
ユニムは、何度か店内を見回してあることに気がついた。
「ゼルド…目を閉じるのだ」
「え?何を言っているんですか?」
「ユニム様、あなたは正気ですか?」
「わたしはいつだって、本気だ」
「目を閉じるのだ」
ゼルドは、目を閉じた。
その間、ユニムはサターンに向かって、それを投げた。
「なんです?戦いを放棄するんですかぁ?」
サターンは、電気石を容易く取ると、使おうとする。
「さて、どうしましょ………ふぐっ」
サターンが悶え苦しんでいる。
「何をした。貴様、わたくしになにを」
その電気石には呪文がかけられていることをサターンは知らなかった。
所有者であるユニムが触れても、何も起こらないが、防犯のため、アダマスに行く前に、元四権英雄の賢者ブルースカイより、マンドラゴラの声が発生するように呪文がかけられている。
サターンは、形状を何度も変化させ、苦しんだ後に、電気石をコロンと落とした。
ユニムは壁についていた、ツルハシを手に取った。
「わたしはわたしを肯定するのだ」
「あぁ、やめてくださいぃ」
「わたくしの負けですぅ」
やけに呆気ない、なおかつ棒読みだ。
魔人サターンは、逃げるようにして、喋らないでクロノスに近づいた。また、なにか企んでいるのだろうか。と思いきや、クロノスが立ち上がっている。彼は、狸寝入りをかまして、ユニムとゼルドの一部始終を見ていたようだ。
サターンは、落ち着いた様子で、クロノスに近寄ると、クロノスの左肩を軽く叩いた。
「これで、いいですかね?クロノス様」
「合格だ」
「合格?意味がわからないのだ」
「ユニム様、すいませんねぇ。気分はいかがですかぁ?」
「少し、やりすぎましたかねぇ」
「何の話なのだ」
ユニムは、困惑している。
「えっと、どういうことですか?」
ゼルドが訊ねる。
「いつぞやの青髪の賢者も言っていただろう『階級試験はすでに始まっている』と……」
「ゼルドの類まれなる判断力には、目を見張るものがあった、素晴らしい姿勢だ」
「そして、ユニムの機転。寝てしまったかと思ったが、わざとだな?」
「なぜ、そうなるのだ」
「わざとじゃないのだ」
「まあ、いい」
「これから家に行く」
「ゆっくり休むといい」
喫茶店の、ドアがバタンと開く。客人だろうか?
「お待たせっす。勲章っす。おめでとうっす。これで、『士正義のエイリル』っすよ」
誰かと思えば、ゼクロスだった。手に「IV」の勲章を2つ持っている。
「ご苦労ゼクロス、2人とも身につけるといい」
「鞄にしまっておくのだ」
「あ、はい」
――新聞で読んだかもしれない。嘘には、2種類あって、ついていい嘘とダメな嘘。ダメな嘘は自分の品格を下げて、周りの信用を失うし、短絡的だけど、ついていい嘘は、優しくて、自分のためじゃなくて、人のためにつくもの
「いやぁ、トイレ混んでたんすよ………へへ」
ゼクロスから勲章を受け取ると、ゼルドは肩につけて、「Ⅲ」と、交換した。
「ゼルド」
「はい」
「約束だったな。名はネロという。」
「魔人に関しては、サターンに修行をつけてもらえ」
「剣術はゼクロスで十分だろう」
「再び、シロップに挑め」
「は、はい」
「いやー、魔人とは聞いてたっすけど………にしても、良い毛色っすね。かっこいいっす」
「明日、剣でも買いに行きますか?」
奥からウェイターがやってくる
「おほん、実はですね。エスプレッソ4つは、階級試験の『士正義のエイリル』を開始するという意味だったのですよ」
「どうしてですか?なんの脈略があるんですか?」
「エイリルは4を表します。そして、エスプレッソはエイリルと最初の発音が同じなんです。つまり、始まりが同じという意味なんですよ。だから、『階級試験はすでに始まっている』が成り立つんです」
「なるほど、えっと………確か、伝承は」
「メニューをご覧ください」
「え、そこに書いてあったんですか?でも、スーペリア語、読めないんですよ」
「大サービスだったんですよ」
「私が読みましょう」
「騎士になりたくば、姿勢から、正義は己の心の内に宿りし」
「なるほど、そういうことだったんですね」
ウェイターの手には、マグカップが2つ用意されていた。
「もう夜も更けてますからね。これでも、飲んでください」
「ありがとうございます」
「いただくのだ」
それは、ホットミルクであり、スーペリア語で、「レ・ショ」である。
ユニムとゼルドは、飲み終えるとなんだか、ポカポカとした気持ちになった。
37.5話【閑話】ウェイターのカランドリエ
あなた「カランドリエさん、よろしくお願いします」
カ「よろしくお願いします」
カ「今回、あの四権英雄のクロノス様から話をいただいた時は、驚きましたね。私の店で、階級試験を行いたいとのことでしたから」
Q.カランドリエさんはなぜ現れなかったのですか?
カ「お答えしますね。私も魔人なのですが、兄が氷帝のセレストの付き添い人で雇われていて、何をしているかは、知りませんが、今回クロノス様との話し合いで、試験官は誰にするかという話になり、サターンさんにすると聞きました。サターンさんなら、やってくれるだろうと思いまして、お願いしました」
Q.ユニムとゼルドが階級試験を受けている間何をしていたんですか?
カ「御影石と呼ばれる魔法道具があって、その石で様子を見ていましたよ。ご覧になられます?あ、大丈夫そうですね」
Q.魔人と仰っていましたが、なんの魔人なんですか?
カ「本当は言いたいんですけれど、ここでは発言を控えさせたいただきます。私の名前がヒントですよ」




