35話 黒き泥濘と青髪の少女
そのユニムなのか。ユニムじゃないのかわからない彼女は、立ち上がると、電気刀剣をおもむろに取り出した。普通なら、出力装置を見ながら、確認して、「#」を4回押すのだが、あの貨幣の国、アダマスの「天地国王」。
2つ名を、「三叉槍のホワイトペッパー」がやってみせたように、電気石を視界に入れずに、手馴れた手つきで、電気刀剣を出してみせた。
それは、まるで、彼女の手が意志を持っているようで、手に目がついているのでは?と、錯覚してしまうほど、自然だった。
「…嫌ですよ。ぼくは、嫌です。戦いたくないです」
「だって、ユニム様。あなたは、ぼくを何度も救ってくれたじゃないですか」
「ぼくが、傷つくのはいいですよ」
「でも、あなたの体から血が流れるようなことがあったら、ぼくはそいつを許しません。我を忘れて、叩きのめします」
ゼルドは、どうすることもできないので、クロノスに目配せした。
クロノスは、兜から、見えているのか、一度こちらを見たが、なにもなかったかのように、机に顔の正面をむけては、腕を組んでいる。
「え?クロノス様、何してるんですか?ユニム様が………」
ユニムの瞳は、真っ黒になり、狂気そのものだった。
一歩、一歩着実に、ユニムは、たどたどしい足でゼルドに向かってくる。
やはり、クロノスは、一言も喋らない。
「グポォ。グポォ」
なんの音だ?とても、人間の出す音とは思えなかった。水の音だ。液体の音だ。沈没した船から、泡が溢れ出したような、気味の悪い音だ。
ゼルドは、店の奥から、水がこぼれたのかもしれない。と思い、視線をよこすが、水は、一滴も垂れておらず、よくよく聞いてみると、その奇妙な音は、ユニムから聞こえてくることがわかった。
その、「グポォ」という音が聞こえた瞬間ユニムの口が動いたので、見てみると、ユニムの口の中に、のっぺらぼうの紳士"サターン"の顔があった。とても、現実の光景とは思えなかった。
おそらくユニムはなにか喋ろうとしているのは、ゼルドもわかったが、上手く汲み取れない。
口をパクパクさせては、水面から顔を出した魚のように、口を動かしている。
「グポォ。グポォ。グ………たくしが、初めて人間になることができました。ああ、神よ。わたくしは、人間になれました。なんというありがたき幸せ」
声はユニムだ。
だが、喋り方がユニムじゃなかった。あの、紳士が、ユニムの別人格となって、喋っているようで、そのことから、考えられるのは、体が乗っ取られているということ。
魔人サターンが、ユニムをのっとっているのだ。
ゼルドは、許しがたいので、電気刀剣を構えた。
「あなたは、喋らないでくださいよ」
「ユニム様を弄ばないでくださいよ」
ゼルドは怒鳴った。
つづけざまに、その黒い目のユニムに話しかける。
「ユニム様、聞こえますか?」
「ぼ、ぼくはどうしたらいいんですか」
ユニムは、反応しなかった。聞こえていないのか。喋れないのかは、わからなかった。
「サターン、その方は、ぼくの友人であり、仲間です。大切な、恩人なんです」
「ユニム様から、出てってください」
その小さな体から、想像もつかないような、不気味な笑い声で、「ふっふっふっ」と笑っては、サターンはゼルドを見つめた。
「出ていく?なにをおっしゃいますか。この方は、拒んでいませんよぉ?」
「融合するのに、さほど時間はかからないでしょうねぇ」
「わたしが、なにをしたいか………」
「察しのいいあなたなら、わかりますよね?」
――このユニム様に攻撃はできない。寝ているのか。起きているのかも、わからないけれど。戦うしかないのかな
「ユニム様をどうするつもりですか?」
「この人として生きていく」
「わたくしは、完全な人間となったのです」
「悔いはありません」
「これが例え、過ちだとしても、わたくしは、全うする」
どういうことなのだろうか。ユニムの髪が根元から黒色に変色していく。
だが、またすぐに青に戻った。
それを何度か繰り返すと、どこからともなく声が聞こえた。
『よせ』
――え?ユニム様?ユニム様の声だ
「強い魔力ですねぇ。これでは、わたしが乗っとられてしまいますよぉ…ゲポォ」
吐いた。ユニムの口から、黒色の泥のような、少し光沢のある液体が、出てきた。
そして、それは人型に変化する。その姿は、ユニムにそっくりだった。
「わたくし、少し小さくなりましたかねぇ」
「ねぇ?ん?おや?顔が、顔がありますねぇ」
サターンは、ユニムに似た黒い手で、ユニムにそっくりな顔をその黒い手で、撫でまわしている。
黒いユニムと青髪のユニムがそこには、並んでいた。
黒いユニムは、裸体を彷彿とさせたが、凹凸が一切なく、すべすべで、黒曜石が人の形をしているようだった、人に見られる特徴は、一切なく、顔はあるが、形状だけであり、目も目として機能するのか、口などもそれとして機能するのか、また、髪も肌も体も同じ黒色であり、人間の見た目ととは、程遠い姿だった。
本物の青髪のユニムは、天井から糸で引っ張られたように、突っ立ており、電気石は持ったまま、黒いユニムの方向を見ていたが、目は白目になっており、おそらくだが、寝ている。
口の中に魔人が入ったというのに、立ったまま寝ているのは、異常だった。
急いで、ゼルドが駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「ユニム様」
耳を澄ましたが、ユニムはすやすやと寝ている。