34話 ええ、わたくしは魔人サターンです
「そうこなくっちゃ、いけませんよぉ」
「運命に抗い、勇気を振り絞って、立ち向かう」
「運命は残酷だ。人生は理不尽だ」
「わたくしも、言われましたねぇ」
「不気味だ。奇妙だ。人間じゃない」
「ですが、それが褒め言葉か悪口なのかわかりもしませんでした、ない口で笑っては気持ち悪がられ、狭間の立ち位置で、何ができるか。少ない頭で考えましたよぉ」
「わたくしが生まれたのには、意味があると思いましたねぇ。なぜって?神はわたくしに魂をくださったからですよぉ」
「ですから、粗末に扱ってはなりませぬ。生きて参りましょう。ねぇ?ん?」
この紳士が綺麗事を吐いているのが、胸糞悪く、魔獣だとわかっているのに、ひと握りで、人を殺めてしまう力を持っている。と、考えても、おかしくはないが、ゼルドは思った。命の価値を知っているくせして、なぜ手の形状を武器のように変化させているのか。
一方で、ゼルドが取り出した”それ”とは、"電気石"だ。
"それ"を使って、誰かに連絡してもよかったが、そんな暇はなく、番号を押している最中に、もし、根絶やしにされるようなことがあったら、この喫茶店は、血まみれになり、綺麗なベージュの木製の椅子や、机、壁、天井が、ものの一瞬で紅へと変わり果てるだろう。
そんな光景を思い浮かべながら、電気石の出力装置である「#」を4回こっそりと押した。
人間とは、無力だ。肉体的にも、精神的にも………
赤狼の時は、運が良かった。ひとりで凍ったのは、ユニムの力だろう。
ゴーレムの時も、ユニムのおかけだ。
溶けて、復活したが、ユニムが手なずけた。
あの、河童のホワイトペッパーに関してだが、そもそも殺意はなかっただろう。
”日輪の剣士”メープルシロップには相手にもされず、自分から倒れたと、聞いたゼルド。
――あれ?クロノス様の時は?
どうしたっけと、考えて、思い返してみると、目の前に、斬撃が浮かんだ。
――これは?なんだろう
ズ、ズズと徐々に電気刀剣が伸びてゆき、あまり広くはない店の中で、振ってみると、ブオンと音がする。
意識は朦朧としながらも、目の前にいる紳士からユニムを守らなくてはならない。
どんどん距離を詰めてゆき、電気の刃が紳士に当たると感じたので、迷わず振り下ろした。
喋り方に悪意はなかった。
だが、今は夜だ。
魔獣と考えるのが妥当だ。
クロノスはなにもしない。
なんで、なにもしないんだ。と考えても、クロノスは動かない。考えて無駄なら、行動すれば………
話しかけても、無駄だった。
何かしらの条件が、理由があるに違いない。
まさか、この魔人に弱みを握られているのでは?
この魔人がゼクロスの行動、クロノスの行動を指図しているなら、納得がいった。
自分がやるしかないこの状況下で、電気刀剣を振り下ろし、倒すしか………
紳士の服がスパァと切れて、血が噴き出るのかと思い、相手は戦闘不能になったのかと確信していると………
紳士は、「ふっふっふっ」と、また笑い出した。
――なんで?切ったはずじゃ
「なにがおかしいんですか………」
ゼルドが、その憎たらしい笑みに呼応する。
「効きませんねぇ」
「なんででしょう」
――あれ?これって?
その時、ひとつの記憶が思い起こされる。
『そのサターンはどのくらい強いんですか?』
『手強いぞ。物理が効きかない』
後ろにいるクロノスは確かに言っていたのだ。奴は物理が効かないと……
「あなたが、サターン……なんですね」
「如何にも」
「お気づきになられたようですねぇ」
「電気石でくるとは、思いもよらなかったですよぉ」
ふざけているような喋り方をするが、こちらとしては、遊んでいる場合ではない。
ゼルドは、真剣だった。
負けてはならない。
もし負けたらどうなるのだろう?
クロノス達のように操られるのか。そうすれば、"奴隷"に逆戻りだ。奴隷………
そんな言葉ばかりが、頭をよぎった。
「倒せないのなら……」
「ほう。なんでしょうか」
「倒せないのなら、勝ってみせます」
「ふっふっふっ。はい?ふざけているのですか?矛盾していますねぇ。勝つ?もう一度言ってくださいよぉ」
ユニムを起こすわけにもいかない。
だからといって、諦めるわけにもいかない。
どうすれば、こんなときどうすれば…?
ユニムだったら、どうするだろう。
触れる?
もしや……
ゼルドは電気石ではなく、反対の手で触れてみた。
すると、その紳士の身体に手がめりこんでいく。
これは……?
「わたくしがなにか気づいたでしょうか」
「柔には、柔を。剛には剛を」
「最弱にして、最強」
「わたくしこそが、"サターン"です」
サターンはゼルドの電気刀剣を自分の胸に突き刺して、そのまま歩くと電気刀剣は飲み込まれ、ゼルドの腕に嫌な感覚が伝わってきた。
屁泥のような、ヌメヌメとした、気色の悪い感覚は、サターンが通り過ぎると、何事もなかったかのように、消え去った。
そして、彼は再度、口を開く。
「わたくしの祖先は、原生生物なのか。粘菌なのか。アメーバなのか。わかりません」
「わたくしが、生まれた理由もわかっていません」
「気づいたら、意識がありました」
サターンは、一呼吸置くと………
「周りには、あのオブシディアン・スライムがいました」
「わたくしは、自分を人間だと思っていました。母親は?父親は?ですが、視界は真っ暗でした。周りにスライムがいるとわかったのは、音や気配でわかったのです」
――よく喋る。口がないのにどうやって喋っているんだろう
「そして、わたくしは思い立ったのです」
「――人間の中に入ったら、どうなるのでしょう?」
――まさか、ぼくの中に?ダメだ。それだけは
手遅れだった。サターンが向かっていたのは、ユニムの方向。彼の狙いは、ゼルドを殺めることでもなく、この場所を返り血で、真っ赤にすることでもなかった。
一人の少女を乗っ取ることだった。
サターンが、ユニムの口から、形状を変化させて、入っていく。
すると、寝ているはずのユニムが立ち上がった………




