33話 招かれざる客
「まずは、わたしが店の奥に行く」と言いかけたユニム。
カラン、カラン~。
出入口が開く。こんな夜遅くに自分たち以外に客がいるのかと、疑問には思ったが、どんな客なのだろうと、視線をよこす。
もしかすると、ゼクロスが帰ってきたかもしれないからだ。
その可能性を一番に考えたかったが、時に現実や運命というものは、良くも悪しくも、期待を裏切るものだ。2人は、その姿を見て、不安に襲われた。
真っ黒な、スーツを着た客が来た。
どことなく、英国紳士のような立ち姿で、ユニムは目を奪われる。
「ごめんください」
その客は、全身黒で覆われていて、まるでシルエットや影を具現化したようであり、着ている服も肌の色も黒色だった。
下から、革靴、トラウザー、ベルト、ジャケット、シャツ、ネクタイ、眼鏡、帽子に至るまで、黒色だった。
肌が黒いのはきっと、逆光になっているからだと、2人は思った。
相変わらず、クロノスは喋らず、依然として、腕を組みながら、椅子に座っている。
「おやまあ、かわいらしい方だ」
その紳士が数歩歩くと、2人は異変に気がついた。
顔が………
「え?」
二人が声を揃えて、驚く。
「まあまあ、落ち着いてくださいよぉ」
その紳士は、ゆっくりとした口調で2人を宥めるように、語尾を伸ばしながら、声を発した。
当然、2人は、落ち着いていられるわけもなく、そのまるで、”幻影”のような光景にただ、呆然と立ち尽くし、その紳士の顔を眺めていた。
「もう、夜も遅いですからねぇ」
「なにか、話しましょうかぁ」
二人は、察しがついていた。あの人物以外考えられない。
「まだ、遠いですけどね。わたくし、誕生日は6月17日なんですね」
「祝ってもらえたら、嬉しいですよねぇ」
「ふっふっふっ」と意味深長に笑ったかと思えば、その紳士は、無表情で、ゆっくりと壁際の椅子に腰かけた。
ここで、祝福すればいいのか。その当日に祝えばいいのか。2人は、わからなかったが、にこやかに笑って、「おめでとう」と、言える状況ではなかった。
誰かさんは、沈黙を貫いているし、ウェイターは来ないし、謎の紳士はやって来るし、眠気は………
二人は、まだ一睡もしていなかった。
突如として、睡魔が襲ってくる。今まで、ため込んだストレスが軽はずみな、どうでもいい誰かの発言で、別に怒るほどの事でもないのに、発散していなかったが故に、コップから溢れ出る水のように、爆発してしまったのか。
それとも、2人がまだ10代という若さからくる現象なのか。
どちらかなのか。どちらもなのか。
二人は、判断力が鈍っていた。
ユニムには、先を見通すほどの先見の明があり、ゼルドには、膨大な知識量で、物事を理解する分析力がある。
本来なら、その紳士が誰なのか。何歳なのか。本当に男性か。なぜ、黒いのか。なぜ、語尾を伸ばすのか。四王国のどの国出身なのか。
そして、なぜ、こんな夜遅くに、喫茶店へやってくるのか。と、考えることは、山ほどあったが、状況は悪く、あの賢者ブルースカイがしてくれた時とは反対に、四権英雄のクロノスは優しくなく、スーペリアまで、連れてきてはくれたのだが、待てないというくせには、何かを待っているに違いないし、何もしないし、その行動に意味があるとは思えず、行動にこそ、意味があると思ったユニムだったが、思いもしなかった因果を呼び寄せてしまったのかもしれない。
二人は、眠かった。空腹でもあった。排泄欲こそなかったが、長話をしたために、水分が奪われ、のどが渇いていた。
目は、半開きになり、その紳士へと手を伸ばした、「水を………」と言いかけて、我に返った。
紳士は、近くで見れば見るほど、奇妙な出で立ちをしていた。
睡魔に襲われていたが、これは夢なのか。現実なのか。わからなくなっていたが、その顔が目を覚まさせる。
「おや?」
「あなたもですね」
「ふっふっふっ」と不敵な笑みを浮かべては、その無機質な顔で、ゼルドだけに顔を向けた紳士。
ゼルドは、二度驚いた。
なぜならば、その紳士には顔がなかったからだ。目も鼻も口も、それどころか、肌の質がおかしいように見えた。硬そうでもあり、柔らかそうでもあった。黒いが故に、しっかりと把握することができない。
これはまずい。と思い、ユニムに視線を向けるが、紳士の気配が近づいてきているのがわかった。
そののっぺらぼうを前にして、行動不能になりそうだったが、歯を食いしばり、目を見開き、自分自身を奮い立たせる。
――何度も危ない思いをした。それこそ、命がいくつあっても足りないような。でも、あなたがいたから。いてくれてから。あの時、一緒にオルダインから逃げてくれたから、今のぼくは、ここにいる。
ユニムは寝ていた。瞼が閉じていて、あの美しい青い瞳にカーテンがかけられたようで、彼女は、疲れきったのか。胸部の辺りを上下に動かしながら、寝ているのだった。
ゼルドに残された選択肢は二つ、自分を助けるために逃げるか。それとも、ユニムを助けるために、自分が犠牲となり、戦うか。
彼は、懐から”それ”を取り出した。




