32話 エスプレッソを糺し
店の奥に歩いていくかと思えば、出入り口に行き、扉をバタンと開けて、店の外に出たゼクロス、トイレは外にあるのだろうか?
「え?外にあるんですか?クロノス様……」
「・・・」
「え?聞こえていますよね。だんまりですか?」
どんな返事がかえってくるのかと思えば、黙秘である。
ゼルドはクロノスの心の内がわからない。彼は、ただ一点を見つめて、黙っている。
さながら、言葉を発するまでもない。質問に答えたくない。静かにしてほしい。と、言ってはいないが、言っているようだった。
「なぜ黙ってるんですか?こたえてくださいよ」
――なにかがおかしい。間違いなくおかしい。
それはまるで、クロノスだけ別次元にいるような、壁で遮られているような感覚だ。
それをすぐそばで見ていたユニムが質問を投げかける。
「ゼルドどうしたのだ?」
「ユニム様、見てください」
ゼルドは、先程ウェイターがやってきた店の奥の左側を手で示した。
ユニムは咄嗟に目で追うが、その光景は信じがたいものであり、ゼクロスがどれだけ不可解な行動をしているのか、また、その行動の意味はなにか、理解することができなかった。ゼルドと同様に「おかしい」と一言だけ考えた。
「………どういうことなのだ?」
「店の奥にトイレがありますよね。なのに、なぜゼクロスさんは、外へ行ったと思います?」
「そ、それは………」
ユニムは思考を巡らせていて、言葉に詰まった。それを見かねたゼルドが、怪しいと感じたのか。ユニムに詰め寄る。
「ユニム様、なにか知ってるんですね?」
「ぼくは、なにを信じたらいいですか?」
「誰も信じられませんよ」
疑心暗鬼になるゼルド。
「待つのだ」
「わたしもわからないのだ。でも、確かにトイレに行ったと思うのだ」
ゼルドは、一度疑った。
だがユニムは妄想はしても、嘘はつかない。
確信に迫るため、探りを入れる。
「では、お訊きしますけど、なぜ、そう言いきれるんです?」
「クロノスが、兜をさっきつけてたからだ」
「なるほど」
「じゃあ、なぜ黙るんです?」
「わからないのだ」
「クロノス様、エスプレッソを待たずに、またどこかへ行くんですか?」
「・・・」
「喋ってくださいよ。なんで答えられないんですか」
「・・・」
「でも、やっぱり待ってくださいよ。おかしいです」
「ユニム様、どうします?」
「エスなんたらとゼクロスを待つのだ」
その場には、不穏な空気が流れていた。
例えるなら、殺人現場のような、空気が凍り、緊張感が解けず、張り詰めているような、ユニムとゼルドは、そのような味わいたくもない気分を味わった。
二人は、何度か店の物について話したり、エスプレッソについて、ゼルドからユニムに説明したりしたが、ユニムがわかったのは、「エスなんたら」が、「エスプレッソ」という飲み物であること。
また、反対にゼルドがわかったのは、はるか昔、魔王と勇者がいたかもしれないという、他愛もないことだった。
ユニムは、エスプレッソを知らなかったため、驚いていたが、ゼルドは勇者の話を聞いて、「そんな伝説みたいな話、夢物語ですよ」とだけ言っていた。
それから、まもなく一時間が経過する。
どれだけ時間が経っても、クロノスは微動だにせず、ウェイターもエスプレッソを持ってこない。
もちろん、ゼクロスも帰ってこなかった。
「ユニム様、疑問に思ったことがあります」
「なんだ?」
クロノスに聞かれないようにユニムの耳元で囁くゼルド。
「なんで、アレキサンダーの息子のエクスくんは、『天王子』なのに、クロノスさんの息子のゼクロスさんは、『界十戒』なんでしょう?」
「確かに、おかしいぞ」
「だって、エクスくん12歳ですよ?ゼクロスさんは、どう見ても年上じゃないですか」
「わたしのおじさんも『繁栄蜂』だったのだ。おかしいのだ」
階級について、わからないことが多く、自分たちも『誕生のチーマ』であるため、わかろうとはしてみるが、理解するには、厳しかった。
「そういえば、ゼルド。トシはどこだ?」
「ああ、外でコーヒー飲んでますよ」
「エスプレッソとは違うのか」
ユニムは説明を受けたが、コーヒーとは、飲み物であるが、ジュースの一部だと思っている。カフェインや苦みがあることは知らない。
「わたしも、その”こーひ”を飲みたいのだ」
「ウェイターさんが持ってくるじゃないですか」
「持ってくる気配ないですけどね」
「それは、エスプレットだ」
「エスプレッソです。いいですかユニム様。コーヒーとエスプレッソは、焙煎方法が違うだけで、あと、名前も違いますけど、中身は同じですからね」
「わかったのだ」
「なによりですよ」
「ゼルド、行動するぞ。まっても、埒が明かない」
「あの、話変わりすぎじゃないですか」
「まあ、いいですけど」
「行動するのだ」
「ええ、ユニム様。かしこまりました」