31話 喫茶 ル・シエル・ド・ルテティア
~【ル・シエル・ド・ルテティア】にて~
――おかしい。お客さんがいない。
ゼルドはその違和感を店に入った時から感じとっていた。
ル・シエル・ド・ルテティアは、老舗のような出で立ちであったが、それならば、常連客やスーペリア人以外の旅行客がいてもおかしくないはずだ。
だが、いざ入ってみれば、人っ子一人いない。
これはどうしたものか。と、クロノスを見てみるが、彼は黙って腕を組んで机を見ている。
ゼルドは無作為に右手の人差し指で机をトントンと叩いては、思い立ったように、クロノスを見つめる。
クロノスは、兜を外しており、ゼクロスによく似た顔が露になっている。
なにか話題をふろうと考え、あの竜について訊くことにした。
「クロノス様、あの黒い竜ほったらかしで大丈夫ですか?」
クロノスは左手を机の上に乗せて、右手で頬杖をつくと、一度だけ頷いた。
視線は、こちらには向けてこない。なぜなのだろうか。
「大丈夫だ」
クロノスの不躾な態度にゼルドはおもわず目線を下によこす。
ユニムはというと、ゼルドの隣に座っているのだが、辺りを見回しては、ゼルドと同じく厳かな雰囲気にのまれていた。
壁には、読めない文字や、武具等が飾られてあり、スーペリアならではの光景を嗜むことができた。
視線を机に戻し、項目がひとつしかないメニュー表を見てみるが、ユニムは、読めなかった。
なぜならば、全てスーペリア語で書かれているからだ。
「言語について」
四王国には、その名詞からもわかる通り、4つの言語がある。
①スーペリア語
②インペリアル語
③セレスティアル語
④フォーチュリトス語
どの言語も日本語もしくはローマ字で表記することができ、文法や、発音の仕方が異なってくる。
元々、4つの言語はそれぞれの国で使われていたが、アダマスの文豪"ツネサト"の美しい文章。
彼の書物、代表作「好むことと愛することの違いについて」による功績が認められ、統一するに至ったという。
ツネサトは、現在では賢者であるが、謎が多い。異国人ではないかとも言われている。
ここでは、異国人と表記しているが、渡来人と言うことがある。
ちなみに、セレスティアル語だが、日本語と同じだと考えてもらって構わない。
ユニムやゼルドが使用しているのが、セレスティアル語であり、キンダーガーデン、つまり幼稚園及び家庭では、各国のツネサトに対する敬意を込めて、積極的にセレスティアル語を教えるようにと、義務づけられている。
お気づきかもしれないが、アダマス語がない。これは、ないのではなく、アダマス語の名称がセレスティアル語になったと考えるのが妥当である。
「なら、いいんですど……」
ゼルドが返事をすると、クロノスは自身の髭を撫でている。
ユニムは、メニュー表と睨めっこをしている。メニュー表に穴があきそうだ。
「ゼルド、わたしは外国語読めないのだ」
「安心してくだいよユニム様、ぼくも読めませんから」
ゼルドは苦笑いをする。
ゼクロスが店の奥にいるウェイターにアイコンタクトをする。
すると、ウェイターがやってきた。
「ブ・ゼビ・チョイズィ」
「え?」
ゼルドが思わず、聞き返す。
「ああ、はい。決まってるっす」
「失礼しました。何になさいますか」
「あ、大丈夫っすよ。スーペリア語わかるっす」
「おや、クロノス様、珍しいですね。息子さんとうちに来るとは……」
「特別な日には、特別を」
「おもてなし、しますよ」
ウェイターは、こっそりとユニムや、ゼルドに気づかれないように、クロノスから何か受け取ると、それを数えて、ポケットにしまうと、反対のポケットから、何かを取り出し、クロノスに渡している。
「よせ、金なら払う」
クロノスはそれを受け取ったが、それが何かは、わからない……
「…そうでしたか。ご注文は?」
「――エスプレッソ4つを頼む」
クロノスの発言から汲み取れるのは、この店に何度も来ているということ。スーペリア語を理解しているということ。
また、注文に悩んでいる様子もない。それもそのはず、メニュー表には項目が一つしかないのだから、そして、それはエスプレッソだということ。それらが発言から伺えた。
「ジュ ヴ ザポルトゥ サ トゥ ドゥ スイットゥ」
「ユニムさん、ゼルドさんすぐに持ってきてくれるみたいっす」
スーペリア語のわかるゼクロスが、ユニムとゼルドを交互に見ては、ウェイターの言葉を訳して伝えた。
「わかったのだ」
ユニムは、エスプレッソがなにかは知らないが、勝手に奢りではないか。と、察したため。喜んでいる。
「クロノス様、ちょっと待ってくださいよ。エスプレッソって苦いんじゃないですか?」
「苦くてもよいではないか。良いものは苦いというぞ」
ユニムが自慢げに言う。
「ユニムさん、それ薬だけですって」
クロノスがゼクロスに瞬きをわざと四回やってみせた。なにか意味があるのだろうか?
すると、ゼクロスが椅子から立ち上がった。
「すみません、ちょっとお手洗行ってくるっす」
「あ、はい」
ゼルドは思わず返事をした。
ユニムは、相変わらずメニュー表と睨めっこをしていた。




