27話 交剣知愛か臥薪嘗胆か
――わかっていました。自分が無力であることを。勝てなくても立ち向かいたかったんです。この剣をもつだけで、震えが止まらない。殺されるかもしれない。死ぬかもしれないと、考えてしまう。だけど、これはぼくの死期じゃないと、証明してみせる。
「なぜ、使わないんです」
言葉を迸ったあとも、ゼルドの必死な息遣いだけがゼルドには聞こえていた。視界はかすみ、心臓がバクバクと鳴り、剣の重さで、掌のまめがつぶれていた。
終わらせたい。いつ終わるのだろう。と、考えては、まるで終わらない悪夢を見ているようだったが、手の痛みを感じるたびに、これは現実なんだと振り戻される。
それは、頬を叩かれた時のように、激しく、一瞬だったが、二度と感じたくないとも思える感覚だった。
「ん?喋れるか。口を閉じろ」
「いやいや、待ってください」
「なんだ?」
「もう十分じゃないですか」
「まだ五分しか経っていない」
「くっ。なにを考えてるのか知りませんが、勝負にもなっていませんよ。だってあなたは………」
「?」
「剣を抜いていない………」
「そうだな」
「で、それがどうした?」
「待つ理由になるのか?」
ゼルドには、わからなかった。この男が、メープルシロップが何を考えているのか。
異名である日輪の剣士の意味はわかったようだ。
だが、この男が敵だったらと考えたくもないことが、頭を過る。
ましてや、現在は敵に等しい。相対している。
「クロノス。本当にそうなのか?」
「わからんな………単なる偶然か?いや、しかし………」
クロノスは考える。ゼルドは、ホワイトペッパーが驚くほどの斬撃を剣から放ってみせた。それは、見間違いではないこと。
――条件が異なっている?
ふと思えば、彼はあの時、目を瞑っていた?夢遊病者にしても、わかりきった家の中をうろつくわけではなく、懐のしれない相手を倒そうとした。一体どうしてなのか?疑問ばかりが頭の中を反芻する………
「シロップ、この女児ならばどうだ?」
「階級は?」
「ユニム、いくつだ?」
クロノスに訊ねられ、ユニムは指で参を表した。
「チーマだそうだ」
「まとめて、相手してやる。来い」
ユニムは、見るにたえない光景を目の当たりにした。ゼルドが、一方的にやられて、血が手から滴り落ちていく様子を………なんとも、痛々しい光景だった。
なんとかしてやりたい。ゼルド。ゼルド。ゼルド………
何度も心の中でゼルドを呼んだ。
メープルシロップの目の前に来てみると斜め前にゼルドが力尽きて跪いている。
「大丈夫か?ゼルド………」
「心配いりません。ユニム様。一緒に前へ。前へと進みましょう」
………触れた。
ゼルドは違和感を覚えた。さっきとは違う。明らかに違う。最初の異変は、剣が軽かったことだ。
「あれ?」
――ぼく、どうしたんだ?
時刻は夜だ。何気なく上を見上げる。月が輝いていた。綺麗だなあと思っていると。
――あたたかい。
ユニムの手が背中に触れ、浄化されているような気分だった。
呼吸は荒くなり、感覚が研ぎ澄まされ、左に驚いているユニムの姿があった。
――え?なんで?ユニム様。
「も………」
――も?
「モフモフじゃないか」
ユニムに撫でられた。
――いや、そんなはずは。
温もりを感じた。彼女の手が触れて、毛が撫でられているのが感じられる。
――あれ?
「おい、ゼルドと言ったな。貴様、魔人だったのか」
――魔人?この人はなにを?ユ………
またしても、異変に気づいた。声が出ないようだ。
「ガ、ガルル」
「なぜ黒い」
「わからん」
鏡のように光る剣に自分の姿が微少ながら映った。
――ぼくは、おおかみ?ユニム様。助けて。
「ガルル、ガル」
「離れろユニム」
「なんでだ。これはゼルドだ」
「真っ黒だが、赤狼だ」
――え?ぼくが?魔獣?魔獣は討伐されるんだ。皮膚や角、内臓が高値で取引されるから。嫌だ。そんなのいやだ。ユニム様。ぼく、どうしたらいいですか。
聞こえもしない声を、心の内で荒げるゼルドだった。
「見誤っていた。もっと早く倒していれば………」
「シロップ、知らなかったのは皆同じだ」
魔人や亜人は、強力な戦力となるため、国に属しているが、未登録の魔人は、どんな処罰が下されるかわからない。四王国は、力を平等に保つため、各階級者や、四権英雄、魔人をそれぞれ、保持しているが、その均衡が崩れた時、闇の心や悪に堕ちた者が、各国の持つ財産、軍事力、技術、知恵を手に入れようと、動き始める。ここで、止めなければ、戦争が勃発する。誰もがそう思った。
それを、奥の方から少女が見ていた。隣には、あの狼が………
『聞こえるか?新参者』
――聞こえる。あなたは?
『僕はベルである。深呼吸をしろ』
「はぁはぁ」
『殺しちゃダメだよ。人生は一度っきりだよ。と、ヒマリ様が申している』
――ずっと、ずっと探していました。そこにいたんですね。
『また会おうね。スーペリアに行くんだよ?と、ヒマリ様が申している』
――あ、はい。ひま…
ゼルドは地面に突っ伏した。
「ゼルドォォ」
ユニムの声だけが、その場に響いていた。




