26話 魔法の国のアリス
扉をゆっくりと開けると、陶器のカチャンとぶつかる音がする。
会議では、何が行われているのだろう。
「ねえねえ、ウサギさん。コーヒーはいかが?それとも紅茶かな?んふ」
誰かが、マグカップで乾杯をしている。
斜め後ろを向いており、顔が見えない。
コーヒーか、紅茶か。何が入っているかわからないそのマグカップは、安っぽいものではなく、金の取ってがついており、いかにも高級そうだ。
ここは?どこの部屋だろう。
会議は?
彼は………?
「あれ?誰でしょうか。ん?ウサギさん?って言いましたよね?ユニム様」
ゼルドが声を発する。
扉を開けると待っていたのは、白いウサギの人形と遊ぶ少女の姿だった。
ウサギには、青いジャケットのような服が着せられ、黒いシルクハットを被っている。
ウサギと乾杯をしている青のドレスを着た少女が、体ごとこちらを即座に向く。
「わあ、お客さんだわ。ウサギさん。ちょっと失礼するね。んふ」
「きみ誰かなあ?」
「ユニムなのだ」
間髪入れずにユニムが発言する。
すると少女は、こちらから見て左に首を傾げる。
「え?だあれ?」
人差し指の第一関節までを顎に当てて「知らないよ」と言わんばかりのポーズを取った。
「そちらこそ誰なのだ」
その少女は立ち上がると、梅干を食べた時のように、口を窄めては、ペンギンのようなポーズを取り、トントンと2回手首を腰に当てる。
「わたし?わたしは、魔法の国のアリスちゃんだよぉ」
アリスは鏡を取り出した。
「ねえねえ、鏡さん」
「世界で一番美しいのは、だあれ?」
「んふんふ。アリスチャンデス」
「わーい」
ゼルドの疑心暗鬼は確信に変化していた。
彼女は「天王子」のアリスである。と、なぜならば、ゼルドは人と会う時、くまなく勲章を見るようにしている。相手に無礼がないように振舞いたいからだ。
先程、アリスが「わーい」と背を向けた時、勲章が見えた。
やはり、ゼルドの目に狂いはなかった。彼女の勲章は「J」だ。「天王子」のジャックに違いない。ゼルドは心の内で、アリスに敬意を払った。
少しばかり、頭を下げると口を開く。
「あの、何してるんですか」
アリスは、おそらく17才ぐらいで、黒い髪の少女だった。
ストレートのロングヘアはどこか清楚さを彷彿とさせる。青い瞳の眼差しがユニムとゼルドに向けられる。
「誰なのだ」
ユニムが、手を後ろに引き、アリスに訊ねる。
「私こそは………」
「永遠のアリスちゃんなのだ〜」
あきらかに「なのだ」という語尾で、ユニムの真似をしている。
「なぜ、真似するのだ」
「んふんふ。なんでもないのだ」
「なんなのだ」
「お茶会に参加するのだ。んふんふ」
「そんな悠長なこと言ってられませんよ」
「橋で焔狼のベルさんに会ったんです」
「ぼくはヒマリさんを探していたんです」
「そうしたら、先程校長先生に会ったんです」
「で、とある方をさがしていまし………」
「そうなんだぁ、じゃあ、またね」
手を顔に近づけて、手をふるアリス。体の側面をユニム達に向けて、右手で手をふっている。
「あ、ちょっと待ってください。そもそもヒマリさん知ってます?」
「2つ名を言うのだ〜」
「語らずのヒマリさんです」
「ん〜。知らないのだ〜」
すとんと、肩の力が抜けそうである
「わかりました…でしたら、黒の崇高な剣士様についても、知りたいのですが……」
「おお、クロノスだねぇ」
「知ってるよぉ。5階の会議室にいるよ〜」
ゼルドは、思い浮かべた。「クロノス」と「黒の崇高な剣士」は、「くろのす」という部分が一致している。
ひょっとすると、本名ではないのではないか?
中々どうして、そんな簡単なことに気づかなかったのか。不甲斐なく思ったゼルドだった。
「では、失礼しました」
「はーい」
ユニムとゼルドは扉を閉じると、先程とは違う部屋に繋がる廊下に戻ったことに気づき、少しばかり驚いた。永遠のアリスの仕業なのか。
それとも、マダム・ウィッチ校長か。
どちらかわからなかったが、とりあえず、アリスに言われた通り、2人は5階を目指した。
~5階の会議室にて~
「………魔人や亜人についてだが、階級を付与したいと考えている」
「されとるじゃろ。アダマスの天地国王は例外か?」
「ああ、そうだったな。魔人にも様々な種類がいる」
「人間から魔獣になった者。人間の心を持つ」
「魔獣から人間になった者。魔獣に近しい心を持つ」
「または、両者の特性を併せ持つ者。俗にハイブリッドとでも言っておくか」
「三叉槍は、ハイブリッドだろうな。おそらくだが、異国人だからじゃないのか?」
クロノスが、そう言うと、パープレットが頷く。
「なるほど、興味深いですね」
「彼らの知能指数は、言語能力で測ることができる」
「ここ最近増殖傾向にある。まあ、増やしたのか、増やされたのか、増えたのか。定かではないがな。」
「そうぜよ。シルバーバレットが功を奏したのう」
「ほう」
「なかなかだった。あのゴーレムはかなり手強いだろう」
「じゃろ?」
「ところで、先程の話にもあったオルダインの少年について聞かせてください」
ネイビスの話を遮るようにして、パープレットが言う。
「構わん。連れてきてある」
「――アンヴォカシオン」
魔法陣が現れたかと思えば、その上にユニムとゼルドが突如として出現する。
「え?ええ?どこですか?」
ゼルドは混乱している。
「その黒い装飾………見たことがあります。奴隷ですよね?今まで、おつらかったでしょう。ですが、ご安心ください。私は、差別したりしませんよ。お名前は?」
「ゼルドといいます」
「ゼルドじゃと?」
「どうした?ネイビス」
「はっはっ。賢者にそんな名前がおらんかったか」
「まさかな」
「勘違いぜよ。いい面構えをしちょるなあ。え?ゼルド」
「はい。ありがとうございます」
「クロノス。ゼルドを借りるぞ」
「――テレポーテーション」
~闘技場~
またもや、瞬時に光景が移り変わる。カメラのシャッターを切るように……
「私は”日輪の剣士”メープルシロップ」
「ゼルドだったな」
「好きな武器を取れ」
闘技場には、かのコロッセウムを思い起こされる造りとなっており、ゼルドの周りには多種多様な武器が置かれている。ゼルドはどれを手に取るのだろうか。
「待ってくださいよ」
「四権英雄ですよね?」
「ぼくは、誕生のチーマです」
「相手にならないですよ………」
「やってみなくちゃわからない」
「現四権英雄は、魔王と戦ったことがない」
「だが、もし魔王が現れたら?どうする?」
「階級が低いからと降参するのか」
「魔王はそんな生易しい奴ではない」
「そこに慈悲はない」
「あるのは勝利だけだ」
「勝利こそが全てだ」
「強いものが勝ち、負けたものが弱者だ」
「どうだ?弱者にもなれなければ何になれるという?」
「証明してみせよ」
「来いゼルド」
「そこまでいうなら、わかりましたよ」
「ぼくだって、本気でいきます」
ゼルドが選んだのは、黒い剣だった。名を「トンペッドネジノア」
意味は、スーペリア語で”黒い吹雪”である。
ゼルドは、剣を手に取った。
見た目は片手剣だが、片手で持てない程の重量を感じた。
「重いですね……」
「当然」
その様子を4人が見ている。3人の四権英雄とユニムだ。後方に女の子がいる。