24話 焔狼のベル
「そうか。恋人だったか。仲睦まじいとこ悪いな。寄り道するぞグラスの勇者」
黒の崇高な剣士は、黒き竜を撫でた。
黒き竜が目を瞑ると、動きが変わった。
先程まで、滑空しているような姿勢だったが、それを行った途端、急激に降下していく。
「ん? どういう意味ですか? ぼくは、勇者じゃないですし、勇者なんていませんよ」
「あの、ユニム様はなれてください。お恥ずかしいです」
ユニムは喋らないのかと思えば、照れているのだろうか。女の子だからか、恋人という言葉に敏感なのだろう。
ある時、天王子のエクスを見て、ユニムは悪くないなと思った。エクスは、なぜかゼルドに瓜二つだった。
その「悪くないな」とは、異性として好意に値するという意味だったのだろうか。
12歳という年齢は、異性を意識し始めるものだ。
形においても、男性は角張り、女性は丸みを帯びてゆく。
図形で表すならば、四角と円。小さな円のユニムは、どうやら泣き止まないらしい。
ゼルドのことなど、意識するどころか。恐怖を紛らわすための抱き枕に等しいかもしれない。
それにしても、余程怖かったのだろうか。
ゼルドにしがみつくように、腕を回し、彼の頬に自身の頬を当てている。
「えっとじゃあ、ぼくはなんてお呼びしたらいいですか?」
「好きに呼べ」
「は、はい。では、黒の崇高な剣士様と……」
「剣士様? ふっ」
「なにがおかしいんですか」
「莫迦々々しくてな」
「どういう意味ですか? ユニム様のことは言ってませんよね」
「ユニム? ああ、青髪のことだな。ユニムというのか。覚えておくか」
ユニムが泣き止み、雲の下まで降りてゆくと、大きなお城が見えてきた。
フォーチュリトス王国のサンタンジェロとは、似ていない。
島全体がお城のようになっている。
まるで、湖に作られたように、川がお城を囲っており、四方に橋が架けられている。
ユニムは、「わああ」と感嘆の声を漏らす。
「ゼルド、あれはなんだ」
疑問に思ったのか、ユニムが指さした。
お城の下に何かの影があった。
「何でしょうね。まるで、あれみたいです」
あれとはなんだろうか。ゼルドに似つかわしくない抽象的な発言である。
「あれってなんなのだ」
ユニムは再び尋ねるが………
「言いたいことはわかる」
「言うなよ」
「あ、はい」
黒の崇高な剣士に制されてしまった。
なんだったのだろう。
しばらくして、そのお城に辿り着く。ここは、どこの国だろうか。
「なんて素敵なお城なのだ」
「お城? ユニムだったか。まあ、みえなくもないがこれは学校だ」
「校長と話をしてくる。ここで、待ってろ」
「知ってますよ。新聞で読みましたから。アルキメデス魔法学校ですよね。数々の賢者や、四権英雄を輩出した名門校」
「まさか、お目に掛かれるとは……」
「え、ちょっと待ってください。あれ、赤狼ですよね」
――どうしよう
電気石で戦うか?ユニムとなんとかするか。考えていると………
ユニムが、先陣きって、走り去っていく。逃げるのならば、そちらではなく、海へ………
おや?
「わあ。モフモフなのだ」
ユニムは近寄っていくとその赤狼を撫でる。
赤狼は心地よいのか、目を瞑っている。
「わん」
その、赤狼は、舌を出しながら、「はぁはぁ」と息遣いをしている。
「危ないですよ。ユニム様。あれ、なんだか、様子が……」
ゼルドは気づいた。その、赤狼には、(♡・Himari's Belle)のネームプレートが付いている。
「なんて読むのだ?」
『ヒマリちゃんのベルだよ。と、ヒマリ様が申している』
赤狼の口は動いていない。相変わらず、「はぁはぁ」している。
ユニムに懐いたようだ。
「この狼喋るぞ。ベルって言うのか」
『ヒマリのベルちゃんは、焔狼なんだよ。と、ヒマリ様が申している』
「ヒマリって、あの天王子のですか? え、語らずってそういう事ですか?」
『うん。と、ヒマリ様が申している』
「ヒマリさんはどこにいるんですか?」
『橋を渡って、校舎をいくつも抜けて、一階にある中庭だよ。と、ヒマリ様が申している』
「この橋ですね。なるほど……」
「お城の中に行くのだ」
「ああ、ちょっと、ユニム様。待ってた方が………」
「あ、そういえば、ファングさんって知ってます?」
『ん? 僕の友人である。知っているのであるか』
「へ? やつがれ? なんですかそれ、呪文ですかね。それにしても、似てますね」
「狼って一人称みんな変わってますね」
「ベルさん、僕はユニム様を追いかけますので、では」
「わん」
~インペリアルハーツのアルキメデス魔法学校の会議室にて~
「うっふふ。慌てなくて大丈夫よ。みんな揃ってるわ」
「久しいな校長。遅れた」
「問題ないわ。ただ、時間が過ぎただけよ」
「マダム・ウィッチの名は伊達じゃないな」
「まあ、マドモワゼルって呼んでちょうだい」
会議室の扉を開けて、中へっと入っていく。
簡素な部屋だ。円卓が一つ。椅子が四つ。
椅子は、それぞれ、黒、橙、蒼、紫と並んでいる。
黒の席は、彼こと黒の崇高な剣士の席だろうか。誰も座っていない。
「来たか」
と、橙の席から。
「何をしておったんじゃ」
と、蒼の席から。
「帰らないでくださいね」
と、紫の席から。
用意された黒の席に、”黒の崇高な剣士”は座り、円卓に並べられた四つのワイングラスのうち、一つを手に取る。
「帰りはしないが、女児と男児を連れている」
「へえ、素敵ですね。大変じゃないですか? あれ、乾杯はいいんですか?」
「するに決まっているだろう。それにな、一度親になった身だ。ベビーシッターぐらいどうってことない」
「では、スーペリア式で」
「ア ノートル アミティエ」
その四人は、グラスで音を鳴らした。




