22話 黒の崇高な剣士
轟音とも破裂音ともつかない音がその場に鳴り響いた。
ホワイトペッパーは、開いた口が塞がらなった。
なぜならば、突如として、目の前に鎧の剣士が現れたのだ。
その男は、黒いマントを靡かせながら、黒き剣で、ゼルドの斬撃を弾いたのだ。
先程の音は、ゼルドの斬撃を弾いた音だったのだ。
あまりの大きさにユニムは耳を塞いでいた。
「きゃ…」
斬撃は空高く舞い上がると、雲を切り裂いた。
黒き剣士はその斬撃を見上げていた。
「見事」
「え、あんた………」
斬撃を弾いたのは、2メートルを超える大男だろうか。
あの、"氷帝のセレスト"と同等の高さをほこる大男か。
何者なのか。漆黒の鎧は、光を反射せず、まるで星のない夜空のようだった。
「おい。目を離すな」
その黒き剣士は、鎧で顔が見えない。
「わかってる。わかってんだけどよ」
「なんで、あんたが動いてんだよ…」
「それだけは、教えてくれ」
ホワイトペッパーはこの人物を知っているようだ。
「吾輩は知らないのである。誰であるか?」
黒き剣士は、ファングとユニムに目をやると剣は構えたまま、言葉を吐いた。
「赤い瞳に青髪?」
「どちらも奴隷ではなさそうだな。2人だけではないのか。貴様ら何者だ」
剣士は思う。セレストを彷彿とさせる青い髪、ましてや赤い瞳は、魔獣特有のものだ。
例として、赤狼がそうだ。
あの、忌まわしき魔獣と同じ目をしている。
ここで斬ってしまうか。
――いや、しかし敵意は感じられない。どちらも只者ではなさそうだな。
「吾輩は敵ではない」
ファングの赤い瞳をまじまじと見つめる鎧の大男。
やはり、赤い瞳には、人を魅了する何かがあるようだ。
「あれはなんだ?」
「えっとよ、ゼルドのことか?」
「それとも、わけわかんねえ斬撃のことか?」
「どっちをきいてんだ?」
「ゼルド………か。彼は、奴隷か?」
「知らねえな」
「なあ、あんたよ」
「スーペリアはどうしたんだ?」
あまりにも、唐突だ。なぜ、ホワイトペッパーの口から「スーペリア」という言葉が出てくるのか。
彼が剣士だからだろうか?
「今は関係ない」
「名前はなんというのであるか?」
「先に名乗れ赤い瞳」
「吾輩はファングだ。失礼した」
「異名を"黒の崇高な剣士"という」
「なぜ、異名なのだ………」
「三叉槍だったな。勝てないのか?」
「俺といい勝負だぜ」
「廃れたな。敗北者に成り下がるか」
「クッ。何も言えねえよ」
「彼の階級はいくつだ?天王子か?」
「『誕生』のチーマだとよ。マジで、ありえねえ」
「何者だ。剣術と魔術を使いこなすか。界十戒はとうに超えている」
「だよなあ。なんなんだよ」
ゼルドが、体勢を立て直す。
「まだ、動けるのか」
セルドの肩が上下に動く。深く呼吸をしているのだろう。
彼は、目を瞑ったまま、ゆっくりとゆっくりと黒い剣士に近づく。
「ぼくは、もう奴隷になりたくないです」
一条の光が、黒の剣士の頭の中で閃く。
「やはり、そうか。」
「小僧、よく聴け」
「なあ、なあ、まずは、あの魔術解かねえと…」
「そうだな」
「解」
「う、うう。苦しい。制御できない。まるで、余命宣告されたような気分ですよ」
ゼルドは、痛みを感じたのか恐ろしいものを見たのか。目をかっぴらいた。
余命宣告?何を言っているのだろうか?
「心臓を握られてるような気分か」
『さらばじゃ。倅よ』
――声が遠ざかっていく。まってくれ。まて。
「はぁ、はぁ、待ってくだいよ」
目を覚ましたゼルドの目の前には、黒い鎧の大男がいた。自分は何をしていたのか。
まさか、この大男と………
戦っていた――?
だが、先程の夢の記憶はどんどん薄れていく。
「…あなたは?」
「目を覚ましたか」
「時間が惜しい」
「これより、『スーペリア』に向かう」
「はあ、はあ、ちょっと待ってくださいよ」
「四王国は広いんです」
「何年かかるか想像もつきませんよ」
「相棒がいる」
「乗れ」
ゼルドは気づいた。自分達が、大きな陰に包まれていることに。この陰はなんだ?
おもむろに、上を見上げる。
上空には、空を覆い尽くす程の、黒い竜の姿があった。
「『スーペリア』って言いましたよね?もちろんユニム様も連れていくんですよね?」
「言っている意味がわからん」
「常民を連れていってどうする?」
「何か考えでもあるのか?」
「興味があるのは、ゼルド、貴様だ」
「スーペリアに行って、階級試験をするんですよね?」
「おおよそ、予想はつきます」
「ですが…」
目線を下げたゼルドに黒き剣士が歩み寄る。
「なんだ?ダイヤの心配か?ダイヤが心配なら、プラチナ銀行によるか」
ゼルドは、ユニムを見た。しゃがいながら地面を見て、黙っている。
「ユニム様が行かないなら、ぼくも行きません」
「誰が行かないと言った。行くに決まっているだろう」
「ユニム様。大丈夫なのですか?」
「青髪、乗れ」
「言われなくてもわかっている」
ユニムがその大きな大きな竜の背に乗ろうとした時だった………
「竜を見て、驚かぬか」
「驚いているのだ。言葉にできないのだ」
「そうか」
「喰われるなよ」
竜が、ゆっくりと舞い降りてくる。
物凄い風圧だ。
災害のような、嵐のような存在感。
翼のはばたきによる風は、木々をなぎ倒す、腰を低くして、踏ん張らなければ、飛ばされてしまうだろう。
「参る」
ユニムとゼルドは、背に乗るとあることに気がついた。
先程なぎ倒された木々が、再び生えてきている。
何事だろうか。
これは、この黒い剣士の魔術なのだろうか。
ゼルドとユニムは、ホワイトペッパーとファングに手を振る。
「また会いましょう」
「おう」
「そうであるな」
ユニムが息を吸い込む。
「何年経っても、忘れないぞ」
「困ったら連絡しろよ。未来の海内女王」
「行ってしまわれたな」
「俺の階級………伝え忘れたな。まあ、いいよな」
ファングとホワイトペッパーは、握手をすると再び、歩き始めた。