20話 空の容器が最も音を立てる
ユニムと3人は、歩き続けていくと、そこには湖畔があった。
ここはどこだろうか………?
〜サファイアレイク〜
「賢者にふさわしい石」=サファイア
この湖は賢者に由来するのではないか。
そんな憶測が浮かんでくる。
「つきましたね。」
ゼルドがしゃがんで、湖の脇で、様子を伺っている。
「サファイアレイクか………」
ホワイトペッパーは一言だけ付け足すと、
なんの思惑だろうか。
彼は、褌に携えている小さな鞄から1本の瓶を取りだした。
そこにサファイアレイクの水を少しだけ入れた。手で蓋をし、シャカシャカと振る。
「ゼルド、どう思う?」
「愚直ですが、音がなっている………と、思いましたね。」
ゼルドは、首を傾げる。
なぜなら、その行動には深い意味があるのではないか。と、思ったからだ。
だが、真意がわからないのだ。
なんのために――?
なんの必要性があって――?
音を鳴らすのか――?
―――彼には、わからないのだ。
「ここで、大事なのはなぜ音がなっているのかという点だ。その昔、セソは説いたんだ。」
「どういうことですか?流体を物体にぶつければ、至極当然、音は発生しますよ。
なぜ、音がなっているかですか?簡単じゃないですか。
そこに水があって、僕たちに耳があるからですよ」
「思ったんだけどよ」
ホワイトペッパーは、「賢者の素質がある。」とは言わずにいた。言ってしまえば、ゼルドは満足し、上を目指さないからだ。
「え?なんですか?」
「なんでもねえ。半端な水が入った容器は音を立てる」
「つまりだ、これが人間だったなら?どうなる?」
「明確にするならば、半端な知識なら、よく喋るってことですか?」
「ああ、もちろんだ。是非は問わねえがな。
でもってよ、水を満タンまで入れてやる。するとどうなる?」
ホワイトペッパーは、再度、湖の水を瓶ですくった。
気泡ができ、瓶の外側へポコポコと出ていく。
気泡、つまり、空気が全て抜けてしまえば、それは真空状態となる。
さらにそこに手で蓋をする。
激しく振った。何度も。何度も。
だが………
音は現れなかった。
「脳であり、精神であり、心を満たす知識は、寡黙であるとな」
「なるほど」
「賢者ゲーテはこうも言っている。半端な愚者と賢者は他人を傷つけるが、本物の愚者と本物の賢者は他人を傷つけないとな」
ホワイトペッパーは水を零していく。
瓶は空になった。
「それは、何を意味してますか?」
「なんでもかんでも、きけばいいってわけじゃねえだろ?時に考え、時に訊く、人の為を思うならば、聞かなければらならない」
「さあさあ、どうなると思う?まあ、もうわかるよな?」
瓶を振った。
そこに音はなかった。
みなが黙って見つめる中、ユニムだけが明後日の方向を見ていた。
興味がないのだろうか。
いや、違う。ユニムには、耳鳴りが聞こえていた。彼女は耳をふさいだ。
「ユニム様。大丈夫ですか?」
「う、うしろだ」
後ろを振り返るゼルド。
そこには何もいなかった。
「え?何もいないですよ?何か見えたんですか?」
「わからないのだ」
―――ユニム殿からにおっているのか。
ファングは魔のにおいを感知していたが、それがユニムのものであることに気づいたようだ。
―――不思議なやつだよな。全く
現を抜かしていたホワイトペッパー。
セソ教の話となると夢中になってしまうようだ・・・
「おっと…ひとつ、話をしておく必要があるな。アダマスの天王子についてな。」
「どの方ですか?」
エクスではなさそうだ。
と、納得がいくゼルド。今し方ゼルドは考えてわかったことがある。
エクスは父親のアレキサンダーに似ていない。
つまり、これが何を意味するのか。
自分とエクスの母親が同じなのではないか?ということだ。
アルジーヌの発言にもあった。
『エクスくん―――』
母親が自分の息子を君付けするだろうか。
また、エクスが同い年ということも知っている。
にしては、若すぎるのだ。
アルジーヌという海内女王は、あまりにも若すぎる。
そのアルジーヌと、エクスはまるで義理の姉弟のようだった。顔も似ていなければ、アルジーヌは、エクスを慕っているかのようだった。
なにより、気になるのはオブシディアンのピアス………アダマス出身なのでは?
そして、アレキサンダーとエクスも似ていないということ。
にも関わらず、エクスとゼルドは、似ている。
つまり、母親に似ているのだと、ゼルドは思ったのだ。
そのどこかにいる母親を見つけるまでは。
――ユニム様についていかなければ………
「でな、そのアダマス出身の天王子は、現在アルキメデス魔法学校にいてな」
「自分で名乗ったそうだ」
「―――"ヒマリ"ってな」
「なるほど、門外不出の方ですよね?」
「やっぱり、アダマス出身なんですか?」
「ここだよ。ここ」
「ここ?どこですか?」
親指を突き立てて、後ろを指差すホワイトペッパー。肘が90度に曲がっている。
「え?サファイアレイクですか?」
「そうだよ」
「え?何を言ってるんですか?」
「こんな所で、生まれるわけ………」
「上から降ってきたんだ。」
「なんだと」
耳鳴りがやんだようだ。ユニムが開口する。
「わかるよな?」
「もちろんです」
「セレスティアルジュ―――」
「狼さんよ。はやくないか?」
「すまない。三叉槍殿」
「吾輩もその話は知っている」
「確か、"語らずのヒマリ"だろう?」
「会ったことあんのか?」
「知り合いの知り合いであるな。知り合いである彼は、天王子ヒマリの通訳をしている。」
なぜ通訳が必要なのだろうか。とゼルドは思ったが、わからない。
そもそも通訳は、異なる言語を話す人々が円滑に会話をとるために必要なのだ。
その天王子は、異なる言語を話すのだろうか。
ゼルドはまたひとつ思い出した。
『―――ミ・キアーモ、エクス』
異なる言語を話す………か。
エクスは何語を話していて、ヒマリは、何語を話すのか。
そもそもどこの言語なのか。
謎は深まるばかりである。
おや、どうしたのだろう。
ユニムが、電気石と睨めっこをしている。
「ユニム様。僕があっぷっぷって言いましょうか?」
「違うのだ」
ユニムがゼルドに電気石を見せる。
【形態】:刀剣
「え、おかしくないですか?」
〈ゼルドの電気石〉
【形態】:刀剣
:打撃
:射撃
「なぜ、ひとつなんですか?」
「わからないのだ!」
「壊れているのではないか?」
「ありえねえ。電気石は、金剛石よりも硬いって言われてるぜ。トライデンスの設計に狂いはねえよ。」
ユニムは、ひとり嘆いていた。
「なぜなのだ………」