2話 オルダインのゼルド
「おい」
――あんたなんか知らないさ
「どこ行くつもりだ」
「………出てってやる」
「待てゼロド」
髭面の男が少年を呼び止める。
「あるじ様、僕はゼルドです」
「名前も間違えるような人間はごめんです」
「それに、もちろん知っていますよね?」
「僕はもう12歳です」
「近々、階級試験があるそうじゃないですか」
「僕は、王城で、階級試験をうけて、チーマにな………」
男はふかふかのソファから、重たい腰を上げて、近づいてくる。
「な、なんですか………?」
彼、ゼルドの弱弱しい声が木霊する。
男は、ひとつの瓶を手に取ると、ゼルドは、思いきり頭を叩きつけられた。
「はあ?あめえよ。お前がか?奴隷の分際で引っ込んでろ」
「………奴隷は犯罪だ」
少年ゼルドは泣きながら、訴えた。
「いいか、お前のことなんざ、眼中にねえよ。それにな誰も知らねえ。世の中金なんだよ」
この国には、階級試験なるものがある。満12歳となると、試験を受ける資格が認められ、最低級の称号「希望のフェブ」から、その人物の実力次第で、階級が昇格する。
階級は、その人物の純粋な強さを表す。
一方その頃、ユニムはフォーチュリトス王国の試験場を目指して、ひたすら歩いた。
道のりは遠い。ユニムは、エンシェントという街の末端に住んでおり、フォーチュリトス王国の王城は、国全体の中心にあるのだ。
ゼルドは、泣きながら郵便ポストに新聞を取りにきていた。
そこから見える景色は殺風景だったが、彼にとって新聞は楽しみであり、あるじにバレないようにこっそり、読んでは、あるじに「今日も遅かったですね」と言いながら、渡していた。
いつものように、外で郵便ポストを掃除するふりをしながら、新聞を読んでいると………
青い髪の少女が視線に入った。
目を疑った、なぜなら青い髪は――
「青い髪の少女………あれは」
黒い服に黒い髪の少年ことゼルドが、新聞から顔を覗かせて、その青い髪の少女、ユニムを見ていた。
「あの………」
「うわっ、なんだ。少年」
「あなたも少女じゃないですか」
「そ、そうだが?」
「助けてほしいんです。あなた、髪が青いですね。青い髪は初めて見ました。えっと、どこから来たんですか?」
「エンシェントだ」
――エンシェント、隣の町だ。隣の町には人がいるのか
「ところで少年、なぜ、汚れているのだ?」
「失礼ですよ。汚くて、下品で、お下劣だなんて」
「そこまで言ってないのだ」
二人は打ち解け、互いに質問をしては、笑いあった。
ゼルドは今しかないと思い、決死の思いで打ち明けた。
「実は………ぼくは奴隷なんですよ」
「ど、れい?どんなおばけだ?やめるのだ。わたしは、怖い話苦手なのだ」
全身黒ずくめの少年ゼルドは、肌の露出が少なく、手から顔に至るまで、黒い装飾品で覆われていた。男の奴隷も、女の奴隷も、暑かろうが寒かろうが、その装飾を外すことは許されない。
刻印のような、奴隷の証がその装飾に刻まれているからだ。
装飾品は、黒ずんでおり、まるで何年も洗ってないかのように見えた。
それを見かねたユニムが一言添える。
「それにしても酷く汚れているな。やっぱりそこの川で洗うの手伝うぞ?」
小さな石橋の架かった小川があった。
少年ゼルドがいつも、洗濯をする川だ。
いろんなものが流れてくるので、ゼルドはそれを集めては、新聞や本でこっそり、調べたりしていた。
果物が流れてきたことがあるそうだが、桃ではなかったらしい………
「やめてくださいよ。気持は嬉しいですけど、この装飾外せないんですよね………」
「なんでだ?」
「僕はこの家の主に靴を舐めさせられたり、暴力を振るわれたり、辱めを受けたりしたんです。装飾のせいです。でも、装飾がなかったら、もっと恐ろしいことに………」
早口で説明する少年。「どれい」が何かは、ユニムは結局わからなかったが、怖い話は苦手なので、ゼルドの話を無理やり遮った。
「で、そのあるじってのはなんだ?」
正直なところ、ユニムが話を遮ったのは、気に入らなかったが、あの髭面の男が珍しく正面の扉から出てくるのがゼルドの視界から見えた。
「まずいです。逃げないと」
ユニムは、咄嗟の判断で、ゼルドの腕をつかむと走り出した。
2人は、階級試験を受けるため、フォーチュリトス王国の中心にある王の城を目指す。
「そういえば、名前を聞いていなかったぞ。名をなんというのだ。黒髪」
「だから………僕の町や、この町の人々はみんな黒いですってば、僕はゼルドです。青髪さんのお名前は?」
「私は、ユニムだ。よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いします。ああ、待ってくださいよ~走るの速いですね。ユニム様」
「様?なんでだ。ユニムでいいだろう」
「装飾つけてないですもん、ユニム様って呼ばせてください」
ユニムは、ゼルドが気に入っていた。
あるじに関して質問を投げかけるのだが、ゼルドはあらぬ方向を見て、視線を逸らしては、挙動不審になる。
ユニムは、先程の会話からも推測できるように、この世界の身分を知らない。
この世界で、奴隷という存在は珍しくなく、文明が未発達なことからも、治安が行き届いておらず、人身売買が違法と知られながら、行われている。
「ユニム様聞いてください」
「ぼくは、父さんの顔を見たことがないんです。奴隷場で最低限の飲み食いをして育ったから、薄汚いし、勉強もしてこなかったんです。街の知識もほとんどないんです。この街が、どこの方角にあるかもわからないんです。主はぼくが、5歳の時にぼくを買ったんです。僕は幼かったから、これで解放されると思っていました。
それは、地獄の始まりでした。7年間。あくる日もあくる日も、雑用をさせられ、殴られて、動けなくなるまで、ぼくは働いたんです。
でも、魔王の残した、魔獣達に襲われて死ぬよりは、マシだと思いました。主に逆らえば、森に連れていかれ、魔獣に喰わすと脅されていたから、逆らえなかったんです。
でも、ぼくは密かに、こっそり買い物に行く時や、毎日届く新聞から、情報を掴んだんです。この国には、階級というものがあるんですよね?そうですよね?
正直言って、僕は、気弱です。
ですが、もう後戻りできません。階級試験で、結果を残します。
ユニム様。行きましょう」
「なにが、行きましょうなのだ。手を引っ張ってるのは、わたしなのだ」
「反対方向に向かっているが、大丈夫なのか?」
実はというと、最初ユニムは道を間違えており、ここはエンシェントより末端であるオルダインである。
もしゼルドに出会わなければ、ユニムは王城に行くことは困難を極めただろう。
先程、ゼルドの話にも出た魔獣という存在。
彼らは、月の力に魅了され、夜に活発になる。
時刻は夕方である。2人は、息を切らして、木々のある日の光が通らない暗い森へと来ていた。
「薄暗くなってきたな、ゼルド。ここらで飯にするぞ」
ユニムが、足を止める。
すると、通り過ぎたゼルドが、振り向く。
「ユニム様。女の子はメシだなんて言いませんよ」
「では、なんというのだ?」
「御食事です」
「そ、それはさっきいっていた汚い食事のことか?」
どうやらユニムは、「御」を「汚」と勘違いしているようだ。
「なにを言ってるんですか。おそうじの『お』です。そうじに『お』をつけたのと同じです。食事に『お』をつけただけですよ」
「そ、それは知っているぞ………」
「・・・」
ユニムは、わかりやすく頬を赤らめる。
ユニムは、鞄から、パンを取り出し、食べようとしたが、あることに気がついた。
ゼルドには食べるものがなかったのだ。
「ゼルド」
黙ってゼルドに、パンをちぎって渡そうとするが………
ゼルドは、手で制した。
「悪いですよ。僕達、いや、僕みたいな人は、飲まず食わずでも、三日は持つんです。ユニム様の大切な食事を頂く訳にはいきま………」
パキリと何かがふたつに折れる音がした。
おそらく、木の枝だろうが、小動物の音ではない。
獣か?
「なんだ?私は、何もしていないぞ」
「ユニム様、音は背後から聞こえました。薮に何かいます。お声を静かに」
薮に潜む赤い眼光はユニム達を睨みつける。
その獣は、まるで返り血を浴びたのかのように、深紅の姿をしていることから、赤狼と呼ばれている。
―ブラッドウルフについて―
赤狼と呼ばれる彼らは、血肉を喰らい、古代種の狼が獲物の返り血を浴びたことにより、深紅に染まったとされている。
聴覚、嗅覚、知力に優れており、その点は、狼にそっくりだ。古代種の血を受け継いでいる。
他にも、獲物を捕らえるために顎が強く、歯が大きかったり、肉球が縦長く、前足の位置が犬より後ろにある。体毛は灰色ではなく、その名の通り、血液のようなどす黒い紅や。稀に、赤と黒が入り乱れている。希少種も存在する。
古代種である狼は、家族を中心とした群れで行動するが、赤狼は、単独で行動することが多い。まさに、一匹狼である。
狼は縄張りを主張するが、赤狼は、縄張りを作らず、行動範囲が、広い。
そのため、漆黒の森にやってきたのではないか。と、考えられる。赤い鋭い眼光が特徴的であり、暗闇でも、よく光る。
ここで、赤狼のとある貴重な種について、紹介する。
まずは、焔狼。こちらは、火山のある地帯の特別種で、環境に適応するために、自ら、焔を纏うのだとか。
一方でこちらは、非常に稀な個体ではあるのだが、赤人狼が存在するのだとか、彼らは、人間と赤狼のハイブリットであり、昼間は人間として生活するが、満月になると、赤狼となる。
知能が高く、狼に変身しても、声帯が特殊なのか。人語を介すという。また、凶暴性が高くなく、人を襲ったりしない。おそらくだが、突然変異個体だと思われている。