155 黒き騎士と竜騎士王
――miscoception - 思い違い――
「――剣を抜けと言っているのだ、貴様」
黒き獣を象徴する騎士と、アーサー王が対峙していた。
空気が張り詰め、世界が沈黙する。
――なぜ、騎士王の剣を。どこで、それを得た。
「……ひとつだけだ」
アーサーは静かに剣を抜いた。
それは禍々しさを帯び、漆黒の瘴気すら立ち昇るような刃だった。
剣はひと振りのように見える。
しかし “ロッケンのアーサー” と呼ばれた男の異名が、嫌というほど伝わってくる。
彼の背後には、五振りの剣が浮遊していた。
それぞれが円を描きながら高速で回転し、まるで神々の光輪のように淡く輝いている。
だが、騎士にはその光景が“一振り”にしか見えていない。
「……いや。待てよ」
光と重低音のような震えが、彼の視界と鼓膜を圧し潰す。
騎士王の剣には、ひとつの“異形の特性”があった。
――抜かずとも、斬れる。
理を踏み外したとしか思えない特性だ。
物理法則を嘲笑うように、刃を少し覗かせただけで確実に切断してしまう。
斬れ味というより、幾重にも重ねられた魔法が、刃に封じ込められているのだ。
ゆえに彼は、刃を抜くことができずにいた。
――どうしろというのだ。
アーサーは薄く笑った。王者の余裕をたたえた笑みだった。
「よかろう。抜かぬというのなら――この四王国すべてを敵に回したと知れ」
――どうする。
騎士の名は、ゼルド。
その瞬間、銃声が響く。
足元には重く絡みつく鎖が伸び、刃と刃がぶつかる火花が闇を照らす。
だが、そこに“白胡椒〈ホワイトペッパー〉”の姿はなかった。
「アレキサンダー、アルクマイオン。この者を四王国より追放する」
「……お待ちください」
アレキサンダーは声を上げた。
どこかで聞いた覚えのある声――たしかに、記憶の奥底を刺激する響きだった。
「なんだ」
「あなたの名は……?」
「アーサー・エルド・ドラゴニクス。
竜騎士王にして、このスーペリアを統べる者だ」
「では、貴様は?」
「ゼタ=エルドと申します」
「……面白い。冗談が過ぎるぞ。
俺がもう一人、存在するはずがないだろう」
その場にいた兵士たちも、天地国王のアルクマイオンとアレキサンダーも、動きを止めた。
双子か?
いや、その可能性はあまりにも低い。
――何者なのか。
アレキサンダーが一歩、静かに踏み出した。
「……ゼルド。ゼルドじゃないのか」
ゼルドは驚愕した。
アレキサンダーが“年を取っていない”と気づいたからだ。
「え……どういうことですか」
ゼルドは十五歳になっていた。
だがユニムを見たとき、思わず二度見した。
彼女もまた、まったく年を重ねていなかったのだ。
理由はわからない。理解も及ばない。
――何が起きているのか。
答えを求めても、答えは返ってこない。
アクロス=バーサルから聞いた“エルド”という名だけを頼りに、彼はスーペリアまでたどり着いた。
皆に欺かれているのか。
これも魔法なのか。
ここは“世界そのもの”が違うのではないか――そんな疑念ばかりが胸を巡る。
だが海内女王演武大会は、確かに開かれていた。
あれは四年に一度。計算が合わない。
おかしい。
夢か幻か。
心に問いかけてみても、心は答えを与えてくれなかった。
「……お久しぶりです。
僕が、ゼルドです」
戻ってきたゼルドは、そのまま牢へと押し込まれた。
ユニムについて問いただすことも許されず、ゼルドは“ユニム”という名すら曖昧になっていた。
もう、どうしていいのかわからなかった。
彼は、鎧を外した。
深く、重く、沈むように。




