153話 炎猿王
――炎猿‐Flame Monkey――
「破天衝」
聞こえるか。
彼の声が――
魔王は必ずしも悪とはなり果てない。
正義を執行する魔王も存在する。
彼の名は、日下部シン。
日本人である。
地に堕ちたアザゼルが、何が故にシンを選んだかは、わからないが。
彼の実力は、勇者をも圧倒する。
日下部シンは、ハヤタカとの授業で完全にコツを掴んでいた。
ホムラが教えた炎の魔術。
「燃」
燃えよ。全てを焼き尽くせ。
彼は誰にも持っていない力がある。
その力とは、《転生》でもなく、
《魔王》としての素質でもなく
――学習能力である。
彼はそのシナリオを全て理解していた。
やりなおせばいいと心に決めていた。
転生を繰り返し、五水神将と戦っていたのだ。
彼は運がいいのか。悪いのか。
五度目である。
なんの偶然か、五という運命に気に入られてしまっているようだ。
これは完全に見込まれている。
彼は理解していた。
もし、彼がユニムを連れてくるという案を思いつかなければ
この作戦は実行できなかっただろう。
ただひとり、鏡の世界に行ったもの
ユニムを差し置いて、シンは他人の幸福を望んでいた。
その意見が合致した時、変化は訪れる。
手が震える――おびえなくていい。
逃げてもいい――誰だって怖いものは怖いじゃないか。
叫んだっていい。
逃げていい。
目を塞いだっていい。
だって、人間じゃないか。
恐怖は根源に潜んでいるんだから――怖いのは当然だ。
しかし、当の本人はというとなぜか氷の魔法を扱ことに長けていた。
それが、セレストの孫としての本質なのか。血筋なのか。才能なのか。それすらもわからないまま。
道を間違えたとは考えたくない。
選択肢は……これしかない。
逃げ道などない。
前へ前へ進まなければ。
だが、彼女は逃げることを知らない。
故に呼ばれる。
猪突猛進。
唯我独尊。
彼女はこの言葉を気に入るだろうか。
拳を振り上げて、一瞬だがゴジョウを凍らせた。
その一瞬の隙が、魔王シンにチャンスを与えた。
「これで、いいんだよな?」
ゴジョウは何も言わない。
水の物理攻撃に対する対応力は圧倒的で
群を抜く。
実は、入れ替わっていたのだ。
ユニムとシンの位置は何度も入れ替わっていた。
何度も、何度も。
入れかわっては
ゴジョウに氷と炎の連撃を浴びせ続けた。
通らないか。
何も効かないのか。
と、二人は思っていたが、ゴジョウと五柱の目が碧くなった。
『くるしい』
頭の中に声が響く。
気がつかなかった。
本来であれば、各々の将たちは
エウレカを護るために存在しているのだ。
しかし、自分たちから向かってきた。
全くおかしなできごとだ。
焰がバチバチと燃え盛るなか、
シンの方を誰かが叩いた。
「嘘だ。こんなシナリオ用意しちゃいない」
見まごうことなき、
ロックウェルの姿がそこにはあった。
奇妙なことに、体の全身から紫の炎が燃え上がっている。
「炎猿王ロックウじゃな」
何がおかしいのだろうか。
ニヤけている。
セレストの声が木霊していた。




