136話 海から聳える手と炎の刃
――ブルーマジック――
彼は、キールトレインに乗っていた。
水晶羊〈クリスタルシープ〉の『イェリエル』は、アルキメデス魔法学校に向かう最中だ。
氷帝とも呼ばれる、賢者のセレストは、生徒たちの送迎を雇われることがある。
キールトレインは、魔法で操ることができ、自走する。
だが、イェリエルの様子がおかしかった。
運転席に立ち入ったかと思えば、レバーを引きランプが青から赤になった。
走行を、手動に切り替えたのだ。
道徳という言葉を知らないような行動だ。
イェリエルの青い瞳〈ウォーターアイ〉は、水を操ることに長けている。
ここは、内海。
四王国の外側の海を外海と言ったり、外側から来た人間達を、外海人と言ったりすることがある。
つまり、内海とは、四王国に隣接する海のことである。
比較的、深度も深くない浅い海である。
四王国の東西南北のどこかの海だ。
イェリエルは、再びレバーを引き
キールトレインを自動に切り替える。
扉から飛び降りると、水の上に浮かんでいる。
イェリエルは、目に力を込める。
青い瞳が、雲ひとつない空のように、澄んでいる。
凪のような静けさ。
突如として、螺旋の渦潮がイェリエルを取り囲む。
すると……海から巨大な手が現れる。
その手は全てが水で形成されている。
噴水のような構造をしており、何度も水が浮かび上がってくるのがわかる。
同時に手の形を留めることで、巨大な『水の手』を形成していた。
その『水の手』はイェリエルの右手の動きと連動している。
イェリエルが右手を天へと向けると『水の手』も同じ動きをする。
水の魔法の一種だろうが、彼は言葉を発していない。
青い瞳だけが、潤いながら、輝いていた。
その水でできた巨人のような掌に立ってみるせると、水面から手に連結した腕が伸びてくる。
とても大きかった。
その太さ、摩天楼のようであり
まるで、水の円柱状のビルが海上に建てられたようだった。
イェリエルは言葉を発さないまま。
何かを待っていた。
――レッドマジック――
内海にボートが一つ、黒と赤の装束の男。
白と赤の鎧の女。
彼らは、世界を旅する者。
男の名を『ハヤタカ』
女の名を『ホムラ』
ハヤタカは、足から高温の青い炎を噴射し、ロケットブースターのようにして、ボートを動かす。
ホムラが、その不安定な足場で剣を振って鍛錬をしている。
どう考えても危ないが、彼女の腕と赤色の髪だけは一切乱れない。
この二人、『牙王ライオネル』の統治する『無境国〈ノーバウンダリーズ〉』で修業を積んだ。
言わずと知れた、四獣の北の守護神。
“炎帝”の弟子達である。
向かうは、四王国。
噂で聞いた『獄帝のネカァ』に会いに行くのだとか……
残念ながら、またの名を『緋色の剣士ネカァ』は、そこにはいない。
彼女は北の果てにいるのだから……
ハヤタカは雲一つない空を見ていた。
寝そべりながら、その違和感に気づく。
「ホムラ、出番だ」
「はい」
水で形成された巨大な腕が目の前に立ち塞がる。
まるで、壁のようだったという。
ホムラが、剣を引き抜く。
「・・・」
言葉は、発さず。
剣を構えては、その妖刀のような、水色に光輝く剣を振るう。
その刹那、ボートが通れる穴が、開いた。
ハヤタカは一言零す。
「上等」
ボートが速度を上げて、一瞬にして、水の壁にできた穴を通り過ぎる。
たちまち、穴は塞がれ、間一髪だった。