131話 調和的な平和を目指して
〈三重の平和〉
ユニムは、現実を受け止めきれずにいた。
拳を握りしめては、力んだ手を開く。
爪の跡が、その小さな掌の柔肌に残っている。
彼は、誰だったのだろう。
誰かに声が似ていた……
だが、どうしてなのか。
思い出せない。
読めない彼の動き
読めない剣の文字
叫んでも戻らない彼
そして、動けなかったユニム
ユニムは、もどかしさを露わにして、地面の砂を掴んだ。
すると、コマイがやってくる。
ナディアも「大丈夫」と声をかけては、正気ではないユニムの肩を揺さぶる。
本当に理解しかねた。
彼によって、全員の記憶が塗り替えられていた。
ユニムは、優勝者として表彰される。
ユニムは、彼のことを語ろうとすれば、口封じの魔法により、喋らせてもらえなかった。
誰も覚えていない。
覚えているのは、ユニム。
ただひとり。
もしくは、彼もなのだろうか。
先程のエルドという男。
後ほど、クロノスから話を伺った。
クロノスも覚えていたが、わからないまま、ユニムと話した。
二人は、お互いに知っていることを話せないまま事は展開し、クロノスから「エルドという男がいてな……」と話し始める。
聞くところによれば、スーペリアの天地国王。
ロッケンのアーサーこと
アーサー・エルド・ドラゴニクス
のことだそうだ。
アーサーは、ユニムの剣の腕前が、自身の流派に類似していることに、疑問を思っていた。
ユニムはいくつかの質問をされる。
「もしや、竜辰か?」
もちろん「違う」と答える。
「権物:騎士王の剣をどこで手に入れた?」
「知らないのだ」と答える。
むしろ、ユニムが質問したいぐらいだ。
ユニムは、アーサーのことを奇妙に思っていた。
同じエルドという名前なのだから、アーサーこそが彼なのではないか? にしては、彼のことを何も知らない。
ましてや、黒い体毛など生えていない。
その証拠に、彼の髪はブロンドだった。
アーサーは言った。
「ゼレクスに勝つとはすごいな。
いつか、俺の国に来てくれ」
クロノスは、嬉しそうに頷き
「ドラゴ二クスのことだ」と付け加える。
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その日、ユニムは夢の中で、顔のない自分を鏡で見た。
目も鼻も口もない。
「のっぺらぼう」という言葉がふさわしく。
あの、懐かしき魔人サターンを思い返していた。
今どうしているのか。
友人であるゼクロスの動向も気になった。
休養を取り、昼寝を済ませると、授業を受けに行くための準備に取り掛かる。
歩いている途中だった。
本屋で魔術書を購入しにいくために歩く。
魔法学校の正門から、扉に向かっていくと……
食堂でセロ弾きを見かける。
見間違いではない。
ソレ=ドレに違いない。
そこに、ダダイの姿はなかった。
ソレが奏でるのは、色彩感と躍動感の溢れる曲。
D.ポッパーの『ハンガリー狂詩曲 作品68』
彼も、演武大会に参加したらしかったが、闘った様子を一度も見たことがなかった。
その超絶技巧に、耳を奪われては後ろを振り返ると、あの暁〈アカツキ〉がいる。
演奏が終わると、皆が拍手喝采。
ソレは、深くお辞儀をする。
大事なセロをケースにしまう。
手入れは欠かせないらしい。
セロが光沢を発している。
彼の性格や、品の良さが伺えた。
ソレは、座っていた椅子を折りたたむ。
片付けを終えると……
ユニムとは反対方向に歩く。
天井の低い廊下を歩いていた。
声をかけようとしたが、足早に去った。
ユニムは余所見をしている形になった。
暁〈アカツキ〉に名前を呼ばれ、振り返った。
暁〈アカツキ〉から握手をされ
「まるで四権英雄のクロノスのようだった」
と言われ、苦笑いをする。
お互いに、これまでの戦績や闘った相手について話し合い、情報交換をした。
もちろん、エルドについては伏せていた。
暁〈アカツキ〉は何度も天王子と闘ったらしかった。
ユニムは、彼が『界十戒』であると推測。
これから共に学ぶ『天王子』についての話を聞いた。
アリス=グレイスという者や、先程のソレ=ドレの兄であるコレ=ドレ。
焔狼〈イグニスウルフ〉のベルや、エクスという男、魔獣使いティタインなどなど。
心のなかで『エクレアではなくエクスだ』
と、照れくさそうに微笑をこぼす。
暁〈アカツキ〉の話によれば、
ティタインから「ペットになって欲しいし」
と、迫られたらしいが、もちろん断ったという。
ティタインは、つまらなげに「ふん」と鼻で笑っては、白鰐〈シトレトス〉のブシちゃんの歯を磨いていたという。
シトレトスは、モフモフではないとふんだのか。
ユニムは、なんの因果か、エクスが気になった。
暁〈アカツキ〉に質問を投げかける。
暁〈アカツキ〉はバツが悪そうに、適当に相槌を打っていた。
思い出したくないのか、あまり答えたくなさそうに感じられた。
なにかあったのだろうか。
「なんでもないのだ」
と、気分を害さないように話を止めようとしたが、暁〈アカツキ〉は俯いたまま、考えごとをしていた。
そんな暁〈アカツキ〉を他所に、黒塩〈ブラックソルト〉の話をした。
暁〈アカツキ〉は、嬉しそうに表情を綻ばせ、ユニムの目を真っ直ぐに見据える。
「そうだったんだな」
と、嬉しそうに相槌を打つ。
先程とは、打って変わって食いついてきた。
彼からは、アウエリオスの海戦や神聖なる国『梵』の話を聞くことができた。
内容は、どれも信じがたいものであった。
暁〈アカツキ〉はどこ出身なのか。
謎は深まるばかりだ。
海戦や巨大生物の説明が、聞いた話とはとても思えなかった。
まるで、自分もその場にいたかのように語っているからだ。
神聖なる国『梵』の話もあまりに鮮明だ。
暁〈アカツキ〉に出身を尋ねる。
「……俺は紅牛の暁だ。出身は、あの白胡椒〈ホワイトペッパー〉と同じ『梵』だ」