126話 尺度の商人と八つの戒め
〈メルカトル・オブ・メジャー・アンド・エイトフォールド〉
メープルシロップは言わずとしれた橙を象徴する四権英雄である。
彼は、海内女王演武大会の責任者にして、第四十六回の優勝者だ。
彼には、双子の兄がいる。
彼の名は、メートル。
アダマスの商売の神様
メルカトル=アクシズの末裔であり
メルカトル=メートルという名前で商売を営んでいた。
次元の商人 メルカトル=アクシズ
に並び
尺度の商人 メルカトル=メートル
実は、軌道の商人も存在する。
男の名は、 メルカトル=ヴェクトル
みなさんは、ヴェクトルという名前を聞いて、何か思い浮かばないだろうか?
ヴェクトルとは、「vector」となり、本来なら「運ぶ人」「運ぶ者」という意味であるが、空間を指すこともある。
彼は、咆哮のヴェクターと呼ばれているが、異名が正しく伝わるとは限らない。
正しくは、方向〈ディレクション〉のヴェクターである。
その証拠に、彼の素肌には矢印のタトゥーがあり、メートルとの関係をほのめかす。
何よりの証拠だ。
ヴェクトルとは、空間を構成する要素であるが、力や速度、電場や磁場にも用いられる。
力を数値化。
速度の数値化。
電場や磁場を発生させる。
これらを用いて、値を付与することも可能とする。
例えば、石を投げる。
物理法則に従えば、速度や放たれた力をというものは弱まっていく。
しかし、ヴェクターの真骨頂は、自身で設定できること。
六次元に近しい行いである。
石を投げたとき、その石を一ではなく十とし、力量を変化させる。
まさしく、魔法に等しい。
十に変化させるとは、数のことではなく、方向を変化させる。
まっすぐ、飛んでいく。
落下する。
最初から、もしくは途中から、軌道を変えることができたなら、石は不可解な落下をする。
法則そのものは、変化できないが、石の数値を変化させ、角度、落下地点、飛距離を変化させることできる。
これが、方向の魔法
『科学や物理学≠魔法』
である。
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黒塩〈ブラックソルト〉とヴェクターは魔導演武を試みていた。
黒塩の流派は、ハッカイから教わったものである。
ハッカイの流派は釘鈀を用いたことを想定している。
釘鈀とは、九本の歯を持つ熊手のことである。
九=(八戒→八つの戒めに一つ足す)
だが、それは十戒でも九戒でもない。
正しくは、一と八戒である。
黒塩は、拳銃を向けられたまま、このままでは帰れないと焦っていた。
ブラックシンデレラや、ハッカイに見せる顔がないと思っていた。
黒灰姫もハッカイも恐ろしく怖いので、いつもビクビク怯えている。
薬莢が落ちていく、拳銃は一つ。
相対するヴェクターの厄介な点は、弾丸の軌道が変わるということ。
黒塩の愛刀〈潮騒〉は、水を操る刀であり、ユニム戦では見せなかったものの、振るえば強力な力を発揮する。
あのハッカイは、八万もの水兵を指揮したことから、ハッカイという名前が名づけられたそうだ。
忘れもしない。
アウエリオスの海戦で戦った。
巨大生物達。
そこには、白胡椒〈ホワイトペッパー〉の姿もあったそうだ。
黒塩〈ブラックソルト〉が怖気づいていると、白胡椒が手を差し伸べる。
彼は、声を張り上げて「五水神将」になると宣言し、現在では、アダマスの天地国王だ。
遅れを取ったとはいえ、はやく階級を上げたかった。
ユニムに負け戦を挑んだのは、彼女の強さを見込んでのこと。
災害級の魔術を操る彼女に、相手にならない。
だが、ヴェクターは言う。
「階級でも、尺度でもなく、大事なのは心だと」
黒潮は、潮騒を回転させる。
あのハッカイには、並ばないかもしれない。
だが、白胡椒と共に、頂きを見たい。
潮騒を持ち換え、踊るようにして、弾丸をはじき返す。
それでも、弾丸は潮騒の刃を避けて向かってくる。
突如として、巨大な波がヴェクターを襲う。
弾丸は軌道を見失う。
一発、二発、三発と落下。
ところが、そこに黒塩の姿なし。
後ろを振り返ると、黒潮は吐き捨てる。
「滄溟巨浪」
「合格だ」と一声浴びせられ、見事、変加護の「Ⅴ」の証を受け取る。
実は、ヴェクターは手加減をしていたが、黒潮には伝えないほうが、知らぬが仏というものだろう。