118話 星龍蝦
〈アストロブスター〉
「あなたのような人間にはなりたくない」
息子から言われた最後の一言だった。
完璧な人間はいない。
欠点だらけの人間もいない。
誰にだって、褒め称えられる良さ、反感を買ってしまう発言をしてしまう時もある。
息子が振り向こうとしたところで、黒い視界が白くなった。
天井だった。
夢を見ていた。
窓から月が見えた。
三日月で、ベッドに横たわっている彼からしてみれば、猫がギラリと笑っているかのようだった。
ここはアルキメデス魔法学校。
実はこの人物は、マダム・ウィッチ校長と繋がりがある。
そのため、海内女王演武大会に参加した。
実のところ、天王子でも、繁栄蜂でもなく、幸運志知の「Ⅶ」である。
あまり知られていないが、「魔導演武」には特別な規則〈ルール〉がある。
下位の階級者が、上の階級者に勝利すれば、同列になれる。
勝てなければそのまま。
そのため、何度でも挑戦する者がいる。
かのメープルシロップも、何度も海内女王のマダム・ウィッチに挑んでいる。
あのロッケンのアーサーは、竜辰の国〈ドラゴニクス〉からやってきて、当時の国王に下剋上した。
エルドの名は、伝説として、今も語り継がれている。
この人物の得意な武器は、弓である。
魔法で矢を作りだし、権物とまではいかないが、それに匹敵する弓の武器。
龍蝦弓は、海戦に特化した、甲殻類のように頑丈な赤い弓である。
龍蝦弓とは、両端が蟹の鋏を半分に割った形状をしている弓のことである。
アルクマイオンと射撃対決をしたが、彼の正確性は群を抜く。
そのため、事実上は負けを認めた。
とてもではないが、アルクマイオンには敵わなかったそうだ。
アルクマイオンは、一時期〝リボルバーのアルクマイオン〟と名乗っていた。
しかし、彼との対決の後、二丁の拳銃〈ツインリボルバー〉を持つことを決めた。
なぜならば、銃は弾丸を一度に一発しか放てないが、弓は違うからだ。
彼は、アルクマイオンを尊敬していたが、それと同時にアルクマイオンも彼を尊敬している。
相思相愛という言葉があるのなら、相思相敬があってもいいだろう。
だが、彼はそのことをを知らない。
故に、自己評価はあまり高くない。
顔を洗い、衣服を着替え、背中に弓を担ぐ。
ずっしりと重く、紐を右肩から回してやる。
右肘を曲げると、頑丈な紐を右手で持ってやった。
笑みが零れる「相棒、頼むぞ」と、一言だけ告げる。
黒いカーテンが靡く窓から飛び降りる。
ここは五階だが、彼は人間か?
まるで猫のようだった。
膝をゆっくりと曲げて、衝撃を吸収し、上手く着地する。
水色のダメージジーンズに赤と黒のスニーカー。
ブロンドの髪が映えていた。
髪をかき上げ、地平線に見える太陽の顔を見つめていた。
思わず、目を細める。
太陽がおはようと言っているようだった。
太陽に背を向けて、歩き始めた。
アルキメデス魔法学校の近くの森へやって来ると、ジャケットを脱ぎ、腰に巻く。
黒色のタンクトップと、白い肌の筋肉が露わになる。
鍛え抜かれた肉体は、戦闘時でも動じない。
弓を構えて、魔法で水の矢を形成する。
矢を射る。
一発。また一発と水の矢を放っていく。
彼は、水や氷を操ることに長けており、弓から弾丸のような雹を放つこともあれば、五月雨式にレーザーのように高速で射出された水を扱うこともできる。
これらを踏まえても、水とは自由自在であることが伺える。
彼の名はゼスター。
星のように輝き、闇をも照らす人となってほしいからと親が名付けた。
赤いジャケットの背面には、銀色の六芒星。
戦闘時には、ジャケットを腰に巻き、左肩の星のタトゥーが露わになる。
紅の星だ。
人々は、彼をレッド・スターと呼ぶ。