116話 幕開け
〈ブレイクスルー〉
ユニムが身に纏っている、黒く煌びやかな鎧。
禍々しく、美しく、どこか神秘的な力を感じさせる風貌をしていた。
ゼレクスは、拳を繰り出しては、空気を最大限に圧縮して、空気の弾丸を拳から放っている。
ユニムは、黒曜石の鎧から、盾を形成する。
盾が蜂の巣のようになるぐらいに、瞬時に無数の穴があいた。
ユニムは怯まずに、つづけて剣を形成。
この際、詠唱は行っていなかった。
ゼレクスも少し驚いていた。
体術や武術ならば「動作」がある。
鍛え抜かれた肉体から放たれる一撃。
その打撃は、練度の高い技術の結晶であり、呪文、呪い、詠唱を必要としない。
階級は寛大陸のはずだった。
こればかりは、驚かずにはいられない。
それもあってか、ゼレクスは、自身を発展途上だと考えていた。
なぜならば、魔法を使いこなすのが、苦手であったからだ。
彼が、拳で勝負を仕掛けたのには、もちろん理由があった。
格闘が、彼の得意分野であった。
それに加え、竜辰の力量は、人間のそれを軽く凌ぐ。
そのため、魔法で敵わないのならば、拳で闘えばいい。
そこに勝機があると、打算を踏んでいた。
しかし、ユニムが魔人だとわかった今、うかうかはしていられない。
赤子の手をひねるように、見せ場をつくり、あのロッケンのアーサーに次ぐ、次世代の天地国王になること。
その夢は、彼の野望であり、目標でもあった。
ここで終わるわけにはいかない。
考える隙も与えられないほど、黒曜石で錬成された刃が、目にも止まらぬ速さで、ゼレクスに襲いかかる。
拳を握り、刃が薄くなっているところを狙っては、砕いた。
何度も砕いた。
だが、刃は減るどころか、増していく一方で、醒めない悪夢でも見ている気分だった。
夢にしては、生々しく、現実にしては、夢のようだった。
ゼレクスは、ふと思い出した。
かつてこのような人間がいたことを……
彼は、竜辰の国〈ドラゴニクス〉に、やってきては、ゼレクスの父親と闘い、全く同じ戦法で、渡り合っていた。
ひとつ違うのは、ユニムのように黒曜石ではなく、氷であったこと。
言葉がわからず、名前こそ聞けなかったが、四王国では、英雄と呼ばれる存在らしい。
その英雄の戦法を彷彿とさせた。
タコの触手のように、うねってしなる黒曜石の刃、俊敏な癖をして、とても鋭利だ。
鞭のようでもあり、鎖のようでもあった。
打撃がだんだん追いつかなくなる。
眼前に飛び込んできた黒曜石の鋭い刃。
頭を貫かれると思われたその時、ゼレクスの竜辰としての能力が発現する。
人間から、恐竜になる時。
そこに知性はない。
あるのは、食欲と自己顕示欲だけであり、威嚇のために炎を吐き、敵を捕食する。
まさしく、本能そのもの。
しかし、彼はやってのけた。
頭部を鱗で覆ったのだ。
竜辰の中でも、高度な技術。
防御であり、勝利への一手。
判断力、集中力、そして遺伝子操作能力。
防御する際に、どこが攻撃されるか瞬時に見極め、判断しなければならない。
戦闘中、高い集中力の保持を必要とされる。
そして……竜辰の竜への変化は魔法のようなものである。
スイッチのオンオフのようなものであり、零か一なのだ。
ただし、一部分を変えるとなるとそうはいかない。
人間から竜、つまるところ爬虫類への遺伝子の組み換えが必要となる。
あの、マカ=オルテガがやってのけたように、斬撃をも防ぐ竜の硬度な鱗は、剣よりも固く、盾よりも堅牢である。
彼は、相殺ではなく、防いでみせたのだ。
ゼレクスは変加護だが、寛大陸にふさわしき行い。
だが、ユニムはその瞬間を狙っていた。
暁から事前に竜辰の能力については、聞かされていた。
ユニムの背後に大きな影があった。
いつからだろう。
ゼレクスは、無数の刃を相手している内に、それに気づけなかった。
重い一撃だった。
破天衝に匹敵するような、強力な一撃。
黒曜石の巨大な拳で、みぞおちをやられた。
とにかく苦しく、声すら出せない。
その場に倒れ、アルキメデス魔法学校の医務室へと運ばれた。
審判に戦闘不能とみなされ、ユニムの勝利となったが、ゼレクスの階級はひとつあがっていた。
彼の横たわるベッドの隣にある、ベージュの小さな箪笥には、勲章が置かれていた。
まぎれもなく、寛大陸の『Ⅵ』であった。
ゼレクスは悔しかったが、ユニムに感謝していた。
危機的状況に陥なければ、あれはできていなかったと。
そして、ユニムは次へと進む。
※111話 古代竜ティラノサウルスの〝ゼレクス〟 のつづきです。