115話 驚天動地
〈パラダイス・エフェクト〉
マカ=オルテガは、笑っていた。
その笑顔は彼に似合うはずもなく、いつも不愛想な顔をしているオルテガからは予想もできない表情だった。
白い歯が見え、桃色の舌が見えるくらいに、あんぐりと口を大きく開き、信じられない動きでゼルドの技を躱す。
ところが、ブレードが開閉し、上半身に斜めの傷が入った。
笑いは止まらない。
ゼルドは、避けることを計算していた。
彼は、どこまで読んでいるのか。
彼の別次元での三年間は、無駄ではなかったことを裏付けていた。
「すばらしい」
それだけではなかった。
彼は、魔人に変身せずとも、黒い炎、即ち、黒焔を使いこなしている。
破天衝の応用なのかもしれないが、ユニムと同様に、無詠唱を使いこなしている可能性があった。
詠唱には、口で唱える方法と、心で念じる方法とがあるが、彼が、無詠唱を行ったのか。
それとも、心で念じたのかは、彼にしか、ゼルドにしかわからない。
オルテガは、彼の成長速度に興味を抱いていた。
彼は質問する「どこで覚えた?」
ゼルドは、答える「感覚」
オルテガは、さらに疑問に思う。
オルテガは、四王国出身であるが、階級をひた隠しにしては、天地国王と繋がりがある。
彼もまた、謎多き男。
彼が疑問に思ったのは、魔法を扱う際何を考えているのか?
という疑問を天民達にぶつけたことがあるが、彼らは総じて「才覚、感覚、想像」
と答えるのだ。
竜辰には、理解し難い言動であった。
彼は思った。
俺は、どうやって歩くのか?
と聞いているわけではないからだ。
また、どうやって手に職をつけた?
とも聞いていない。
にも拘らず、彼らの答えは一致している。
オルテガの導き出した答えはたったひとつ。
ゼルドは、本当は天民なのではないか?
目の前にいるゼルドを見つめる。
彼は確かに奴隷の刻印を身につけている。
今の今まで、特に気にしたことはなかったが、目を疑った。
――本当に奴隷なのか
前代未聞であった。
歴史がひっくり返る。
奴隷が『Z』の一族だった。
奴隷が「覇竜参衝」を習得した。
奴隷が「無詠唱」を行った。
どれも、現実とは思えないほど異例であり、信じられなかった。
総じて、ゼルドの観察眼や言葉選びには確かに目を見張るものがあった。
十二歳だった頃の彼は、少年だが、非常に大人びていた。
そして……今や、十五歳の青年となった。
三年の月日は、Z=エルド、ゼルドを別人へと変貌させていた。
オルテガは、相手と戦う際。
弱点〈ウィークポイント〉を見つけるのに長けていた。
しかし、彼の弱点などどこにあろうか?
今のゼルドは、天王子に匹敵するかもしれない。
そう思っていた。
オルテガは、忘れていた。
手合わせの四文字が頭に浮かぶ。
拳を突き出し、高速で繰り出す。
技の名は――
「じょ……」
序牙衝を打とうとした。
しかし、既に防御の構えを取っている。
本当に意味がわからない。
ゼルドは、更に不可解な行動を取る。
その行動が何を意味するのか。
前を見ながら、後ろに向かって歩く人間がいないように。
オルテガの視界には、異様な光景が映されていた。
もう防御の姿勢は取っていなかった。
避けるならば、わかる。
しゃがむのも、まだわかる。
だが、どうして、彼は向かってくるのか。
さっぱりわからなかった。
オルテガは、最後の一撃を打ち、風圧で宙に巻き上げて終わらせてしまおう。
そう考えていた。
彼は、常軌を逸していた。
三年の歳月と魔王シンのバルドの塔は、彼を根源から変えていた。
「序牙衝・斬」
ゼルドの放ったその一撃は無数の空気を圧縮した打撃を切り裂いてゆく。
いつぞやも目にした三日月のような斬撃。
ありえない。その一言に尽きる。
「斬」……剣術で、宙に刃を飛ばす技。
難易度が高く、剣術を極めなければ使えない。
なぜか、黒塩〈ブラックソルト〉は、使えるらしい。
その「斬」を「序牙衝」に合わせてきた。
そもそも「序牙衝」は、無数の拳で旋風を起こす技のことである。
織りなすジャブは、牙のようであり、最後の一撃は、強い衝撃を与える。
故に、序牙衝。
いくつもの派生があることもまた事実。
ゼレクスの見せた技。
マカ=ベルモントの技も。
アギョウもまた然り。
彼は、なぜ使えるのかわからない。
ゼルドの放つ拳の一つ一つが、斬撃となり、オルテガに襲い掛かる。
斬撃を掴もうか。とも、考えたが、それでは、面白みがないのか。
オルテガの衣服が切られていく。
まるで、無数の太刀を浴びているようだった。
彼の上裸が露わになる。
分厚い鱗が彼の上半身を覆っていた。
「ゼルド」
「はい」
「最後の技を伝授する」
「かしこまりました」
オルテガは、急辰嵐衝をゼルドに伝授した。