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114話 鎖と王冠

     〈チェインズ・アンド・クラウン〉




 歯をくいしばる。


 渾身の力を込めて放たれた拳が、ゼルドの顎めがけて、音を立てて打ち込まれる。


 破裂音のような、空気を一瞬にして封じ込め、圧縮したかのような音だ。



「立て」



 牙王ライオネルの拳がゼルドの顔面を打ち抜く。

 何度も、何度も。

 ゼルドの顔は腫れてはいなかったが、鼻から血が出ている。


 ゼルドの呼吸が荒い。


 息を吸っては吐く。

 その繰り返しだ。


 何回繰り返しただろうか。


 それでも、ゼルドの意識は朦朧(もうろう)としていた。


 彼が執着する理由は、三年という歳月が経ってしまったのだから、遅れを取り戻さなければという焦燥感に駆られていたからだ。


 この時、ゼルドは知らなかった。


――セレスティアル――では、十日しか経っていないことを。


 そのため、ゼルド、またの名をゼタ=エルドは、精神年齢も身体年齢も十五歳なのに――セレスティアル――に行くと、未来から来たと勘違いされるだろう。



「始めるぞ」



 牙王ライオネルの声が背後から聞こえる。

 ゼルドは、ひそひそと詠唱を唱えると、頭が一つの、青い焔を纏うケルベロスへと変化した。


 皆が目を丸くする。


 (さい)(しょう)が一番くいついていた。


 なぜなら、()(おう)ライオネルの(とう)()する『無境国』にも、ケルベロスはいないからである。


 獄界にならば、いるのだろうか。


 一連の様子をマカ=オルテガ、ネクロスキー卿、(さい)(しょう)、ファング、ゼクロス、アクロスが傍観(ぼうかん)している。


 五人と一匹は、(のん)()に紅茶を(たしな)みながら、『多次元立方体・インフェリオン』の造設(ぞうせつ)したカフェで話していた。



「牙王が優勢だな」


「ええ、そのようですね」



 否定はしないネクロスキー。

 ネクロスキーは、目線で何かを()()していた。

 手の甲をマカ=オルテガに見せると、ゼルドを指さした。



「……次は俺なのか」


「頑張ってください」


「……ああ」



 その(かん)、ゼルドと牙王ライオネルは、魔人と魔人同士、力を高め合い研鑽(けんさん)していた。


 牙王ライオネルに関しては、(けもの)(びと)と呼ばれる存在である。


 獣人は、生まれた時から、獣に変化する能力を有している。


 獣に変化しても、脳の容積は変わらないため、人の言葉を理解し、話すことができる。


 宰相がその一例だ。


 そして、牙王ライオネルの能力は、様々な獣に変化できること。


 (けもの)の王。(すなわ)ち、牙の王。


 彼こそが、()(オウ)である。


 赤狼(ブラッドウルフ)に変化してみせると、ゼルドが後ずさる。


 両者、(ほむら)(まと)っている。


 一方は赤く。


 一方は青い。


 焔狼(イグニスウルフ)獄猋(ケルベロス)である。



 ゼルドの風貌(ふうぼう)は、とても奴隷とは思えなかった。

 その揺らめく二つの(ほのお)は、奴隷と王の対比になっていた。

 

 (くさり)でつながれた者。


 重い王冠(おうかん)(かぶ)る者。



「――インフェリオン」



 と、牙王ライオネルが発すると、回転しながら武器が飛んでくる。


 その武器は、棒の両端に(やいば)がついていた。


 牙王ライオネルは、棒を噛み締めて、ゼルドの脚剣(キャッケン)剣靴(シュード)に対応する。


 ゼルドの後ろ脚の刃は地面に突き刺さり、牙王の凄まじい威力の拳からくじけないために、先程から発動させていた。


 牙王ライオネルは、ゼルドの腕にバングルをつけさせていた。


 そのバングルは可変式で、神経伝達により、蟷螂鎌(とうろうがま)のような、即ちカマキリのカマのような(やいば)が腕から外側にかけて出るようになっていた。


 インフェリオンによって(こしら)えられた、ゼルドの前脚のブレードは、凄まじい切れ味で動くたびに草を()っていた。


 ここは、どこかの浮島である。


 雲より高く、いつもより太陽が近い。


 空気は薄く、日差しが(まぶ)しい中、黒い狼と、白い鎧を纏った赤黒い狼の刃がぶつかり合う。



---



 しばらくして、マカ=オルテガとゼルドが話し込んでいた。


 二人とも茶色い椅子に腰かけては、マカ=オルテガは、不思議そうにゼルドを見つめていた。



「ゼタ=エルドだったな、マカの名を継承しないか?」



 突然だった。

 悪い話ではなかった。



「大丈夫です。

 あと、ゼルドで結構です。

 僕には使命があります。

 宰相さんが言っていたことが本当なら……

 僕は……」


「わかった。名前は継承しなくていい。

 伝授したい技がある。

 俺は(リュウ)(ジン)でな。

 俺達の間では有名な武術だ。

 『()(りゅう)(さん)(しょう)』というんだが……

 物知りの君でもさすがに知らないか」


「知っていますよ。

 ゲネガという選手が七年前の海内女王演武大会で使用していましたからね」


「……なるほど。

 物知りだな。

 そのバングルどうだ?

 使いやすいか?」


「僕は、足のほうが(あつか)いやすくて……」


「そのようだな。

 もし『覇竜参衝』を足で繰り出せたなら、強力だろうな」


(リュウ)(ジン)が用いる武術では?

 僕には、見よう見まねで行ったとしても、たかが()(ほう)ですよ。

 素人のそれにしかならないのではないですか?」



 マカ=オルテガは、笑みを浮かべて、ゼルドの肩にぽんと手を置く。



「問題ない。

 ゼタの一族なら使えるだろう」


「あの……」


「なんだ?」


「教えていただけませんか?」



 マカ=オルテガは(うなず)くと、ゼルドに付き添ってやり、一連の動作を教授する。


 肩の高さ、腰のひねり具合、速度、タイミング。

 それらが少しでも違えば……



「もう一回だ」



 ゼルドは返事をし、最初からやり直す。


 覇竜参衝の三つの技のうち、(じょ)()(しょう)だけでも習得するのに一日では足らず、一週間ほどの時間を要した。


 この浮島は雲の上にあるようで、中心の噴水から四つの川が流れている。


 川は重力に逆らわず下に向かって流れ、滝のようになっている。


 滝壺は、池のように大きな四つの島々と(つな)がっている。



「……お願いします」


「駄目だ。早すぎる」


「オルテガさん」


「わかった」



 マカ=オルテガはゼルドと向かい合うと、構えた。



「よろしくお願いします」



 ゼルドは、魔人にはならずに一言だけ発した。



()(てん)(しょう)黒焔(こくえん)

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