112話 次元の商人
〈メルカトル・オブ・ディメンション〉
時空の砂時計があるならば、多次元立方体も存在する。
『Z』の一族がいるのならば、次元の商人もまた存在する。
彼の名は――アクシズ。
文字通り、アクシズとは「次元の軸」を意味する。
彼に会うには、次元を超越しなければならない。
実は、アクシズと天王子の咆哮のヴェクターとの間には、何らかの深い関わりがあると断言できる。
しかし、その繋がりがどのような因果を示すのか。
現時点では説明しかねるため、皆さんから少しばかり時間を頂戴したい。
……おっと失礼。時間は売買できなかった。
ならば、しばしお待ちいただきたい。
では、お待ちかねの「次元」について説明しよう。
【零次元】──点の世界「存在だけがある場所」
そこには広がりも形もない。
ただ、「点」だけがぽつりと浮かんでいる。
「ここは、暗闇だ。誰もいないかもしれない。
でも確かに“私”がいる。それだけが真実だ」
かつて、ゼロ次元の点と仄めかされる存在であるアクシズは、難儀していた。
なぜなら、自分の存在を認知することすらできなかったからだ。
次元の存在を確かめることすらできなかった。
ただ、無限にも等しい点の集合体のひとつとして生き、虚無に縮こまっていた。
だが、彼はひとつの仮説を立てる。
――次元は存在する。
故に、私たちは生きている。
私たちは生命体であり、複数の点の集合体なのだ。
そして、この次元には、更なる上が存在することを……
【一次元】──線の世界「選択が生まれた場所」
それが何を意味していたのか。
零次元にも、賢者は存在する。
彼らもまた、アクシズと同じく「次元の証明者」であった。
我々は生命体である。
そして、より高次の存在があるのだと導き出していた。
零次元の主は、賢い者を嫌った。
一見すると、賢い方が良さそうに思える。
だがしかし、ひとつの重大な問題があった。
――操ることができないのだ。
言葉は悪いが、思考が単純であれば、命令に背かず、それが正しき行いだと信じ、実行する。
この一連の流れ、単純性を「行動」とする。
だが、複雑な者は、まず「何のための命令か」を考え、次に「それが正しいか」を考え、さらに「実行できるか」を考えてしまう。
複雑であることは、決して悪いことではない。
彼らの複雑性を「思考」とする。
単純であれば、行動力を育む。
複雑であれば、思考力が実る。
主は、アクシズを追放した。
点は外に放たれ、次第に伸びてゆき、やがて線となった。
ここで、ようやく一次元が誕生する。
アクシズに祝福を。主に礼を。
こうしてアクシズは、ドッツからラインズへ。
ラインズには方向があった。それが「ディレクション」であり、「ヴェクトル」であった。
尺度を「メートル」と定義し、この世界を「面」であると仮定づけたアクシズ。
私たちは、線だ。
「方向」とは前か後ろ。ただそれだけのこと。
彼は一直線の道となった。
それは道なのか。
それとも、ただの線なのか。
左右に動くことは叶わない。
ただ進むか、戻るか。
時間と空間すら、不完全であった。
「これが“始まりから終わり”というものか……
未来か、過去か。その必然性がここにある」
【二次元】──面の世界「形と広がり」
突如、障害物にぶち当たる。アクシズは驚いた。
この世界は無限ではなかった。
これはなんだろうか?
壁に触れて、彼は気づいた。
「次元とは、方向ではなく、平面的なものなのではないだろうか?」
この壁の中では、左右にも移動できる。
世界が“面”として広がっていた。
こここそがエリアであり、スクエアであった。
世界の名は――フラットランド。
アクシズはその世界に慣れていき、やがて「円」となった……
だが、奇妙なことにこの世界の住人は、アクシズの“上”にいる存在を認識できなかった。
二次元の存在には、三次元の存在が見えないのだ。
「この世界に神は存在するのだろうか?」
【三次元】──空間の世界「我々の住まう場所」
そして、世界は膨張する。
宇宙の誕生――はじまりのビッグバン。
長さ・幅・高さのある空間。
電子が生まれ、原子が結合し、星が生まれる。
星は惑星と恒星に分かれ、それを「ソーラーシステム」と枠づけした。
太陽系である。
恒星を太陽とし、その周りに惑星を含めて太陽系と呼んだ。
アクシズは、この膨大な宇宙を時間をかけて見守った。
宇宙は広く、どこまで進んでも端がない。
ある時、三次元的生命体――人間と遭遇する。
アクシズは精神を保管し、人間となった。
円としての精神は宇宙を放浪し、今もどこかに存在すると言われている。
「これが私たちの世界……物体が形を持ち、影が生まれ、人間が生きる空間」
アクシズは感動した。
色があった。
形があった。
私たちは、多細胞生物である。
「我々こそが神だ……」
アクシズは、名を授かった。
彼の名前は――メルカトル。
メルカトル=アクシズ。
由緒正しい血統を持つメルカトル家は、代々商人の家系であり、アダマス王国の商人からすれば神のような存在であった。
アクシズは崇められた。
彼の著作『次元の旅――トランシトゥス・ディメンシオニス』
この本はベストセラーとなり、異世界学問の中でも異彩を放っている。
数々の人物が、その影響を受けた。
アルキメデス
ガリレオ・ガリレイ
ルネ・デカルト
アイザック・ニュートン
ブレーズ・パスカル
ベンジャミン・フランクリン
ヘンリー・キャベンディッシュ
ピエール=シモン・ラプラス
ジョージ・グリーン
二コラ・レオナル・サディ・カルノー
エルンスト・マッハ
ヴィルヘルム・レントゲン
アルベルト・アインシュタイン
エルヴィン・シュレディンガー
エンリコ・フェルミ
彼らは皆、シオンの道に到達した者たちである。
彼らは、普通の中にある無数の可能性に気づき始めていた。
その視線は、やがて「時間」へと向かう。
【四次元】──時間の世界「そして時は動きだす」
時間――それは空間に流れる「変化」
彼らは今、静止した世界を離れ、「動く」ことの意味を知る。
「過去と未来がある。今という瞬間は、川のように流れていく」
四次元では、彼らは「出来事」そのものを旅するようになった。
誕生することは、記録ではなく「通過点」となった。
【五次元】──選ばれなかった未来「可能性の海」
彼らは気づいた。
時間は一本ではない。
「もし、別の選択をしていたら?」
五次元では、彼は無数の時間軸の中を歩くことができた。
現実世界……我々の世界。
異世界……もしも、魔法、勇者、魔王、天使が存在したら?
三陽世界……もしも、太陽系に太陽が三つ存在したら?
神聖世界……もしも、創造主が存在したら?
次元世界……もしも、次元を行き来できたなら?
多元世界……もしも、次元跳躍ができたなら?
仮想世界……もしも、人工知能が世界を構築したなら?
未来世界……もしも、タイムマシンが存在したら?
幻想造界……もしも、歴史や現実の改変ができたなら?
すべてが「可能性」として並行して存在していた。
「これらは“可能性”の次元。選ばれなかった未来は、消えてはいない」
【六次元】──異なる法則の宇宙「然り、全て」
仮説、六次元では、もはや空間や時間の法則すら異なるのではないか。
そこには、重力のない世界や、時間が逆に流れる宇宙が存在するかもしれない。
「存在するのなら、物理法則そのものが選べる。
宇宙そのものを設計できる次元だ」
彼らは知る。
「創造主」とは、もしかしたらあの六次元に触れた存在かもしれない。
――六次元を訪れた者は、存在するのだろうか?
その答を、誰も知らなかった……