109話 ミノタウロスの暁〝アカツキ〟
演武が終わり、ユニムはナディアと行動を共にした。
この日だけで、数十回もの演武が繰り広げられた。
『魔導演武』――体術・魔法・武具を駆使した一対一の戦いである。
拳闘士や魔術師、騎士といった多様な参加者がおり、士正義の人間もいれば、天王子も姿を見せる。
だが、海内女王や天地国王に出場資格はない。
四権英雄たちは御影石から試合を観察し、ときに弟子を選び、ときに次代の天王子や海内女王、天地国王を決める。
つまり魔導演武は、この世界――セレスティアル――における〈選別〉でもあるのだ。
一般的な階級試験に挑む者もいれば、魔道演武を通して階級を見定められる者もいる。
あの、ユニムのおじさんこと、マスタングの発言から、彼も、魔導演武に参加していたのではないだろうか?
一方、ユニムは旧ナディアの部屋にやってきた。
現在では、霊妙のネゼロアが使っている。
ナディアがネゼロアと目を合わせると、目配せする。
「先輩……妙ですね。後ろの青いの、見たことあります」
「わたしは、ユニムだ。毒林檎ではないか」
空気が静まり返る、ナディアもネゼロアもおかしそうに笑っている。
「ネゼロアですけど……」
赤みがかった茶髪のネゼロアは、袖なしの茶色いジャケットに白シャツを着ている。
下には、黒のスキニーデニムを合わせ、金具付きのベルトと黒いローファーでまとめている。
ボブカットのせいか、一見すれば少年のようにも見えるが、れっきとした女性である。
本人の指摘により、年齢は不詳だ。
ネゼロアがユニムをじろりと睨んでいる。
夕暮れ、疲れていたユニムはそのまま横になり、すぐに寝息を立てた。
その傍らで、ネゼロアとナディアは天王子について語り合う。
話題に上がったのは、新入生のシンという男だった。
「エッセイも試験も満点なんですよ。妙です」
「異世界人かしら……」
「緋色の剣士みたいにですか?」
「・・・」
「あ、すいません。今のは忘れてください」
「いいの。私も夢に見るだけだから」
「やっぱり、顔は……」
「靄がかかっているのね。
一度も見たことがないわ。
記憶にもなくて、思い出せないの……」
二人の会話は尽きなかったが、夜も更け、灯りを落とした。
――ユニムの夢の中。
羊が一匹、羊が二匹……
やがて羊は牛に変わり、黒い豚までもが柵を飛び越えはじめる。
白黒模様の牛や黒色の部分が桃色のフィオーレ牛。
さらには喋る豚まで現れる騒がしさ。
ユニムは夢の中で「ビーフ・オア・チキン?」を思い出し、ステーキを欲してフォークとナイフを構えるが、目の前に黒塩が唐突に現れて驚かされた。
「わあ」
目を開けると、隣ではネゼロアとナディアが眠っている。
時刻は、朝の五時。
演武まではまだ時間がある。
ユニムはアルキメデス魔法学校の探索に出た。
――アルキメデス魔法学校。
賢者アルキメデスによって創設され、多くの英雄や賢者を輩出してきた伝統校である。
メープルシロップの演説に登場した初代スーペリア海内女王アテナや、初代フォーチュリトス海内女王アルジーヌもこの学び舎の卒業生である。
氷帝のセレスト。
林帝ヴェルデ。
雷帝ゲルブ。
いわゆる彼らのような賢者をはじめ、歴代の四権英雄もここから巣立っていった。
現校長である紅蓮の魔導天使マダム・ウィッチも卒業生のひとりだ。
彼女が校長に就いた際、二十六人制のクラス編成という革新的な教育方法を取り入れたことでも知られている。
この学園には不思議な仕掛けがある。
扉を開けるたびに違う部屋へと繋がり、永遠の回廊へ迷い込むこともある。
鏡の中に入り込めば左右が反転し、永遠のアリスが遊んでいる。
机や椅子に魂が宿っているかのように動くこともあり、怒らせると大変だ。
ユニムは四階に辿り着いた。
ここは重力魔法がかけられており、壁も天井も歩ける。
まるで宇宙空間のようだった。
上下の階段を行き来して、探索しているユニム。
頭上に牛の頭が現れた。
体は人間のミノタウロスだ。
「ケンタウロスなのだ」
「ミノタウロスだ」
「牛頭、なにをしているのだ」
「こちらのセリフだ。お嬢さん」
「わたしはユニム。演武大会の参加者だ」
「俺は暁という」
「初戦はどうだったのだ?」
「ゼレクスという男だ。竜辰だったが、引き分けだ」
「リュウジンがいるのか。会ってみたいものだ」
「ユニムだったな。少し話すか」
「ナーガ帝国に、アナンタという王がいてな……」
二人は語らいながら、食堂へ向かっていった。