108話 豚の黒塩〝ブラックソルト〟
悪魔女王蜂 メフィストフェレスの前任者である。
スーペリアの元海内女王。
異名を❝黒灰姫❞
彼女が、天王子だった頃から、黒灰姫のアナスタシアと呼ばれていた。
実は、一度四権英雄になっている。
アナスタシア=グレイスは、グレイス家の長女である。
次女 アリス=グレイス
三女 テレス=グレイス
四権英雄になった時、❝黒灰姫❞として、力を振るった。
しかし、グレイス家の圧力により、新聞社に報じることを禁じた。
知る人ぞ知る幻の四権英雄。
彼女は、現在準賢者となっており、賢者ではない。
スーペリアの海内女王は初代であるアテナの名を借りて、名乗らなければならないが、自身で、名を使うか決められる。
アナスタシアもメフィストフェレスも使わなかった。
ちなみに、メフィストフェレスは本名ではない。
とある、悪魔の名前を借りているのだ。
悪魔と契約しているかどうかは、彼女のみぞ知る。
アナスタシアが、四権英雄だった時、グレイスと名乗っていた。
その名前からは、美しさと神聖さ、力を兼ね備えた印象を受ける。
象徴する色は、黒と灰色。
炎の魔法を用いて、なんでも黒焦げにしてしまうことからと、その色が適応された。
四権英雄の名前や能力から、色が制定される。
その彼女が、神聖なる国『梵』に赴いた時、三明賢者ハッカイと遭遇する。
彼の弟子である、通称 黒塩をハッカイから、鍛えてほしいと頼まれ、鍛えていた。
そんな時、黒塩に手紙が届いた。
海内女王演武大会の手紙である。
彼も、階級試験をこなしているが、どれもにおいて時間が掛かっている。
国が違うためか、それとも勝手が違うのだろうか。
士正義になるまで、四年の歳月を要した。
そのため、騎士の腕前は十二分。
いや、十八分にある。
彼が剣を持つと、目つきが変わり、素早い動きで、急所を一突きだ。
白胡椒との関係性が気になるところだが、黒塩は、彼の後輩である。
その言葉の意味合いが変わってくるが、演武大会では、開始前に凱旋が行われる。
それぞれの海内女王が、挨拶し、演武が始まる。
最初はアナスタシアの挨拶だ。
「皆さん、ごきげんよう。
私を知っている人は少ないはず。
私は黒灰姫なの」
片方の口の端を上げて、嫌味っぽく笑う。
彼女の行動からは、どこか蔑みが見受けられた。
「私の弟子は、魔人よ。
彼は、士正義にして、鉄十字騎士団〈ジ・アイアン・クロス〉の一員。
その名を黒塩〈ブラックソルト〉
勝敗はもう決まっているわ。
さあ、相手は誰かしら?」
ナディアが、前に出る。
凛然とした表情で、堂々としていた。
緊張は感じられない。
可愛らしい顔立ちをしているので、野郎共の声が浴びせられる。
「フォーチュリトスの元海内女王、黒拳のアルジーヌことナディアです。
私は、彼女に教えられることは、全て教えました。
今では、私の妹のような存在。
盛大なる拍手をお願いします。
海内女王を目指す寛大陸のユニムです」
ユニムが緊張しているのか。
ナディアの手をぎゅっと握る。
ナディアが「大丈夫よ」とユニムに囁く。
両者出陣。
東 士正義 黒塩〈ブラックソルト〉
西 寛大陸 ユニム
中央に二人が、相対する。
この場には、四権英雄、天地国王、天王子が駆けつけていた。
四人の英雄と四人の王と二十六人の王子。
階級天王子の、魔王シンもその様子を見ていたが、魔人である黒塩を見つめ、興味を抱いている様子だった。
特等席に座る、黒の崇高な剣士クロノス(ネロ)と、六賢のアーサー。
二人は、昼間なので、カステッロワインは飲まずに、テンブラー(こちらの世界で言うところのコーラ)を嗜んでいた。
耳を澄ませば、彼らの話声が聞こえてくる。
「面白そうな奴だな。魔人なのか」
――ユニム。寛大陸になっていたのか。ジーヌよ……親子で、同じ戦士を育てるとはな
すかさず、クロノスが返事をする。
「ゼクロスの騎士団の一員らしいな。見ものだ」
会場が、盛り上がる中、不穏な空気が漂う。
皆が、一点を見つめていた。
その男は、ダダイ=ⅡKに間違いなかった。
白い肌、口と顎を覆う髭が印象的だ。
何か楽器らしきものを背負っていた。
アーサーが声を届ける。
「なぜいる? なんのようだ?」
ダダイは、ふてくされたような顔をして、あらぬ方向を見ている。
観衆がざわついている。「今日は何かある」「間違いねえな」と聞こえてくる。
「おい。やめておけ。どうせ暇つぶしだろう。
ところで、アーサー。
例の件はどうなっている?」
「永遠なる七曜のことか?」
「それに、ここでは、あまり大きな声を出すな」
「シオンの道や、他ギルドに気づかれる」
「順調だ。問題ない。お、始まるぞ」
「……そうか」
黒塩〈ブラックソルト〉が前に出る。
「ビーフ・オア・チキン?」
自分を指さしては、目を輝かせている。
「ポークではないか」
ユニムは、笑いをこらえている。
「オイラは、ただの豚じゃないっす」
「どういうことだ。かくし芸でもあるのか」
「この黒い身体を見るっす」
「どういうことだ?」
「すでに、豚の丸焼きになってるっす」
ユニムは、膝から崩れ落ちそうだった。
「お、面白くないぞ」
ユニムが、口元を左手で抑えて、笑いをこらえている。
その瞬間だった。
黒塩が背後に回る。
「すきやりっす」
電気刀剣がユニムの背後から、襲いかかる。
「爛々爆焔」
ユニムの声が轟いた瞬間。
辺り一帯が煙に包まれる。
「おお、これじゃ、本当に丸焦げになっちゃうっすよ」
煙の中から、ユニムが姿を現す。
「慈悲をやる。三つ数えるのだ」
「ほえ……オイラ、おいしくないっすよ」
「ならば、仕掛けるまで、十二獣拳・二の刻 『鉄騎一段』」
足を踏み込み、華麗な動きで剣を躱す。
左に移動した黒塩を「せい」の掛け声と共に、両腕を平行にしながら、左に勢いよく円を描くようにして、反対から腕を持ってくると一撃をお見舞いした。
「ぶほっ……」
大きな頭と、たるんだお腹にクリーンヒットだ。
「終了」
声がかかる。
「厳正な判断の元、ユニムを勝者とする」
審判が、ユニムの腕を持ち上げると、すぐに下ろした。
「寛大陸のユニム、次の準備に取り掛かれ」
「わかったのだ」
「オイラはどうなるっすか?」
「観客席に戻ってくれ」
「なあ、ちょっと待てよ」
ちらりと覗く、腕の素肌には、矢印のタトゥー。
黒い服には、裾と、ズボンに赤いラインが入っている。
肩には、剣のバツ印。
鉄十字騎士団〈ジ・アイアン・クロス〉だ。
「誰っすか?」
「なにしてんだ。とんこつ。河童のほうがすげえんじゃねえか」
「その声は……ヴェクターさんじゃないっすか」
「ちょっと、話があってな。ついてこい」
「了解っす」